12 記憶喪失のアイツ

「犯人はフレッジ・ローハイド。能力者。所持している能力は概念系能力だが、その詳細はあまりにも曖昧。触れた人間に何らかの効能を与え、それを実行させる。例えば昨日、お前がフレッジに触れられて、自分の意思とは関係なしにフレッジを殴ったように。だがそれだけではどうやってあの闘技場に紛れ込んだのか分からない。本人に聞こうにも、マナがアイツを連れて行き、今はどこにいるのか分からない。さて、どうしたもんか……」


 司は大きくため息を吐いた。フレッジも教室から消え、マナはフレッジの処遇を明らかにしない。真相は雲隠れした。ならば彼が残した情報をもとに、最も手っ取り早い方法を使うだけだ。


 ガラガラと教室の扉が開く。それと共に俺は立ち上がり、中に入ろうと足を踏み出したそいつの胸ぐらを掴む。


「……僕と入れ替わりで懲罰房に入るかい? スパーダ」


「お疲れ様だな、ディライク。早く話が聞きたくてウズウズしちまってな」


 ディライクは疲れ切った表情をしていて、本来なら抵抗してくるはずなのだが、その気力も残っていないらしい。


「とりあえず座らせてくれ。どんな話か知らないけど、疲れてるんだ」


 ディライクは自身の胸ぐらを掴む俺の腕を弱々しく叩く。あまりにもしゅんとしているものだから気が抜けて手を離してしまった。そしてディライクは老人のような足取りで自分の席についた。


「……で、話というのは?」


 席に着くとディライクは面倒そうな声で訊いてきた。よほど疲れているのか、眉間に指を置いて顔を軽く歪めている。


「あ、ああ。疲れているところ悪いが、ある生徒について話を聞きたくてな。フレッジ・ローハイドについてだ」


「……?」


  ディライクはポカンとした表情で俺の顔を見つめる。まるで魂が抜けているかのようだ。


「何を言っているか分からないのか? そんなに疲れてんのかよ」


「……いや、言葉はちゃんと聞こえているよ。ただ……フレッジ・ローハイドというのはなんだ?」


「……は?」


 こいつ、自分のことを詮索されないために嘘をついているのか? まだ俺のことを馬鹿にしてんのか……!


「フレッジだよ……! 同じクラスのッ!!」


「ああもう、うるさいな! そんなやつこのクラスにはいないだろ!?」


 こいつのことだから俺をからかっているのかと疑ってみた。しかしこれはホンモノだ。本当に知らないみたいだ。


「……マジか。本当に覚えてないのか……?」


 ダメだ。頭の中がぐちゃぐちゃだ。様々な憶測が飛び交って整理がつかない。これではディライクがフレッジを脅迫し、俺の情報を探らせたのかどうか判断することはできない。なぜフレッジを覚えていない? なぜ? なぜ?


「……スパーダ、こいつはダメだ。とりあえず今はな。疲れて自棄になってんのか、マジで知らねえのか分かんねえが、こうなったらより一層、フレッジに対して疑いの目をかけるべきだろう」


 司が俺の目を見ながら提案する。……そうだ。同じ教室で半年間過ごしたクラスメイトをその存在に至るまで忘れることはありえない。演技でないというのなら、ディライクは何かしらの干渉を受け、記憶を失ったような状態に違いない。そして現在におけるこの教室の状態。こうなったらディライクが真犯人であるという線は一旦保留すべきか。


「……やっぱりフレッジが絡んできそうだな。そしてフレッジに関しての情報を明らかにしないマナも一枚噛んでいるのかもしれない。『鉄の女』の異名を取るアイツから聞き出すのが難しいなら、“あの馬鹿”からなんとかして馬鹿なりの話を聞いた方が早いかもな」


「レビンか。フレッジと一番長い付き合いなのはアイツのはずだもんな」


 俺と司は互いに頷く。芸人コンビを組んでいたレビンなら何か知っているかもしれない。


「悪かったなディライク。一週間ぶりの学校だってのに手荒な歓迎で」


「……別にいいよ。どうせ歓迎されないことくらい分かってた。ここに来る途中で聞いたよ。君とローベンの決闘の話をね。そのフレッジって奴がバラした犯人なのか知らないけど、僕含め、君を気に入ってない人間は少なくないってことだ。僕みたいに堂々と嫌悪感を見せる人間ならまだしも、それを隠し、裏から攻撃してくる奴ほど陰湿なものはない。どこで寝首を掻かれるか分からないから、気をつけるといいよ」


 嫌そうな口調でそう告げるとディライクは突っ伏して自分の机の上で寝てしまった。相変わらず高慢きちな物言いではあったが、これはこいつなりの助言なのだろうか? しかし……ディライクは助言なぞ与えるような人間か? こいつにしては素直すぎるような……。


「……とりあえずレビンが来るのを待とうぜ。ホームルームまであと二十分。そのうち来るだろ」


「……ああ」


 ディライクに対しての違和感は一度棚に置き、俺たちはレビンを待った。だが俺は気づいていた。本来ならレビンはホームルームの三十分前にはいつも教室に来て、何かしらクラスメイトたちを楽しませる準備をする。そしてすでにその時間は過ぎていて──俺の予想通り、レビンが教室に来ることはなかった。


◆◆◆


「先生、レビンは何で欠席したんですか?」


  ホームルームが終わり、俺は担任のライ先生へレビンの欠席について尋ねた。


「それがよく分からないのよ。連絡もなかったし、同じ部屋の子に聞いてみても、起床した時にはもう部屋にいなかったらしいわ。どこに行ったのかしら……」


 太陽のような赤混じりの茶髪にふさわしい明るさをライ先生は持っていて、同じような気質のレビンとはとても仲がいい。だからこそ尚更不安なのだろう。その持ち味である明るさにも影がかかっているように見える。


「あいつのことですから、きっとすぐ戻ってきますよ」


「……そうよね。うん、ありがとうスパーダ君」


  優しい笑みをこの先生は向けてくれる。 ゼロユージングである俺を唯一人間扱いしてくれる先生はライ先生だけだ。この学校でなんとかやっていけているのも、ライ先生がサポートしてくれているおかげだ。改めてそのありがたさを俺は噛み締めた。


「……スパーダ。早く行くぞ。体育の授業に遅れる」


「おう、それじゃあ授業行ってきます、先生」


「うん。……ピーター君も頑張ってね」


 マックは先生からかけられた言葉には答えず、少しだけ頭を下げて会釈する。毎度毎度思うのだが、マックはどうやらライ先生が苦手なようだ。確かに明るいライ先生と冷静すぎるマックはそりが合わないのかもしれない。


◆◆◆


 体育館に向かう道中、俺は今の状況を整理していた。


 マナ、ディライク、レビン、そしてフレッジ。この四人が絡み、今回の騒動は引き起こされている気がする。記憶を失ったディライク。消息不明のフレッジ。それを隠すマナ。この混沌とする状況で無断欠席したレビン。


 正直不信感でいっぱいだ。今まで信頼できていた人間(ディライクを除いてだが)たちが、どんどんと消えていくような感覚。誰かが本気で俺を狙っている、その恐怖。いくつになってもこの負の感覚には慣れることはない。


「……マナに関しては任せろ。あの女狐と俺は切っても切れぬ縁がある」


  更衣室内、俺の横で着替えていたマックが小声で囁くように言った。同じ部屋のマックには随時俺を巡る今の状況は伝えてある。


  マナとマックは同じ聖席十二貴族の一人だ。ただし階級には大きな差がある。前当主の不祥事により最下位にまでその地位を落としたカーマックと、それを告発したことでさらにトップの地位を強固なものとしたルーランド。マナとマックはこうした家系規模の因縁もあるせいか、すこぶる仲が悪い。まさに犬猿の中というやつだ。


「任せる。俺はディライクの監視と並行して、レビンの消息を辿る」


 俺はひと足先に更衣室を出て体育館内に入った。そうだ、味方はいる。全員を疑って味方がいないようでは、この世界は生き残れないんだ。

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