11 犯人
裕人の言葉通り、あれから影は一人も追ってこなかった。無駄話をしながらエーデルヴァルトへと帰ることができるほど余裕だった。
そして次の日の朝食時、まだ誰もいない食堂に俺は裕人といる。そして俺は怒らなければならない。裕人のその力だって、マキナと同じ──いや、マキナ以上にリスクのあるものだからだ。
「裕人──目はちゃんと見えてるか?」
「ん? 問題ないよ。どうかした?」
「どうかしたじゃねえッ!! その『未来視の瞳力』はお前の未来を削ってくもんだろ!? お前の目が見えなくなった時にお前の未来はなくなる! 気軽に使っていいもんじゃねえんだぞ!!」
俺が激昂しても裕人は軽く笑うだけだ。こいつはマキナとは違う方向性の向こう見ずだ。まるで気にしてない。いつか来る終わりに対して恐怖心なんざ微塵もないように見える。
「じゃあ、君は僕たちが駆けつけなかったらどうしてた? 結果として君たちが無事なのは分かってたよ。だけど君とマキナちゃんへの負担を軽くするため、安心させるために僕たちはスラム街へ向かったんだ。人の善意を怒るのはもっともなことなのかい?」
「その善意が最終的に俺にとっての後悔になるんだよ! お前もマキナも、何でそれに気づいてくれないんだ……!」
……何でみんなそうなんだよ。どいつもこいつも他の人間のために命をかける。比喩ではなくそれは事実だ。本当に死に向かってる。そんな人生なら、自分勝手に生きているあの闇の王の方が、ずっとか人間らしいじゃねえか……。
「……だからさ。もっと素直に生きなよ。僕もマキナちゃんも、やりたいように生きている。僕から言わせて見れば、君の方がよっぽど辛そうだよ」
「……あん?」
「君は命を大事にして、長生きしろって言いたいんだろ? でもね、生きた価値を残せるのは“どれだけ自分のやりたい事をやって生きたか”だと僕は思う。やりたいことができずに、ただ長く生きるためだけに人生を浪費するのは間違えてると思うんだ。君は何がやりたいんだ? 僕たちが長生きできるようにすることか? それなら断る。生きる価値を止めるというのなら、俺は誰であろうと抵抗する」
裕人の声は徐々にドスの効いた声になっていく。いつも温厚なこいつが、こんな顔をするのを初めて見た。こんな怖い顔、俺は生きてきた中で見たことがない。
「スパーダ。君の生きる価値とはなんだ? 何のために君は生き延びた? 何のために地下闘技場で勝ち続けた? 何かあったはずだ。まだ死ねない理由がその時々にあったはずだ。今の君は他人を意識するあまり、自分のことを見れなくなっている。
──考えろ。君の生きる価値は、俺の瞳には映らない」
そう言い残して裕人は食堂を去った。よほど圧を高めていたのか、すれ違いざまに食堂に入ってきた生徒は押されるように道を開けていた。
生きる価値……。生きる価値ってなんだ。俺は魔法も能力も使えなくて、使えるのは罪の力と化け物の力だけ。人らしい価値なんて見出せるはずないだろ。俺にどうしろってんだよ……。俺はただ、お前らに無茶してほしくないだけなのに。
◆◆◆
項垂れるようなやる気のなさで教室へ入ると、いつものようにクラスメイトたちは黙り込んだ。だが今回は様子がおかしい。いつもの邪魔者への疎外感は感じられず、まるで息を呑むような空気の変わりようだ。
顔を上げてみると、レビンが金髪混じりの黒髪を持つ生徒を羽交い締めしている。それが誰かは一瞬で分かった。そしてレビンはいつもじゃ感じられないほど真剣な表情で、その生徒を締めたまま俺の前へ立った。
「スパーダ! こいつだ! こいつがお前の情報をバラしたんだ!! 殴れ!」
「……殴らねえよ」
そして俺は彼を絞めているレビンの腕を解いてやった。そして席に座らせ、一間を空けてから訊く。
「俺の情報を漏らしたのは本当か? フレッジ」
犯人として突き出されたのはレビンとコンビを組むフレッジ。確かに……確かにこいつは闘技会のメンバーじゃない上、あの闘技場の中にはいなかった存在。フロダロントの推測が正しければ、予想される潜入状態を生み出すこともできる。
「……へ、そうだよ。俺がお前の情報を漏らした。……だけど言い訳させてくれ。俺はあいつに脅されてやったんだ──ディライク・アンバーソンに」
「ディライク……あいつは今ごろ懲罰房の中だろ?未公認の場で杖を抜き、生徒に暴力を振るったからな。しかしそんな状況で、どうやってお前に命令を出すってんだ? お前から赴かない限り、情報の伝達は出来ないはずだが?」
声色低く、俺は根を探るように尋ねる。フレッジは軽く笑った。しかしそこに邪気はない。少なくとも騙そうなどとは思っていないようだ。
「ディライクが房に入れられる前から脅されてたのさ。いや、それどころか自分が房に入ることもアイツの計画通り。この場から去ることで、自分へのアリバイを作ろうとしたんだろう。そしてタイミング良く、お前とローベン・ハーバーが決闘を始めた。俺はそれに乗じて決闘を見届け、そしてバラした。……一週間後、アイツは帰ってくる。すでに情報が蔓延していれば、あいつは満足して、俺を解放してくれるだろうと踏んで……」
正面を向き、フレッジは真顔で自分の頬へ指を差した。そのジェスチャーが何を意味するかも分かる。
「──殴れ。どんな理由があろうと、罰は受けねえとな」
ニヒルな笑みをフレッジは浮かべた。冷めた口調、淡々とした時間の流れ。周りの目は俺の一挙一動に注目している。
俺は腕を上げた。そして俺は怒りのまま、掲げた腕を振り落とすことなくゆっくりと腕を下ろした。
「……俺がしたいことはお前を殴ることじゃねえ。どんな手段を用いてあの秘匿決闘の場に混ざり込んだのかってことだ。その方法を教えろ」
「……へえ、殴らねえんだ。それじゃあ殴らせてもらう」
「──! やめなさい!!」
隣で見張るように立っていたマナが慌てて手を伸ばす。しかし手は届かなかった。あと一秒、足りなかった。
「何……? うっ!?」
フレッジの手が俺の手を掴んだ。その手はなんの変哲もない普通の手だった。だがその手が触れた瞬間、接触部から奇妙な魔力が走り出した。生体エネルギーとして絶え間なく循環する魔力の動きじゃない。まるで、魔力の流れを操られているような感覚。そしてそれは気のせいではないという事を、身をもって知る。
──俺は殴った。思いっきり殴った。殴りたかったわけじゃない。一発にとどまらず、三発も殴らされた。フレッジは痛みに顔を歪ませ、口内出血と共に欠けた前歯を吐き出した。
じんと顔面を殴りつけた右拳に痛みが走る。ああ──俺はまた、人を殴ったのか。あの日、あのいじめっ子を殴りつけたあの時で、人を殴るのはもうやめると決めていたのに。
「へへ……痛え。けど、俺に情けなんざ無用だぜ? 俺は納得する罰を受けねえと気が済まねえ。だから殴られたかったんだ。気に病む必要はねえよ兄弟」
……こいつの言う兄弟とはどういう意味なのか。このフレッジという少年は誰に対しても兄弟と呼び、そして軽いノリで話しかける。ムードメーカーになろうとする変わり者。それが俺の見立てだった。
だが今となってはそれは間違いなのかもしれない。こいつの受け答えには覚悟がある。承認欲求や自己満足を満たすためにムードメーカーらしい振る舞いをする人間は見たことがあるが、そいつらはどいつもこいつも自分が不利な状況になると、すぐに立場を捨てて逃げに走るものだ。
それを考えると、フレッジの在り方には保身と責任が入り混じった人間臭さがある。今の俺が知らなければならない人間らしさだ。
「だけどこんな場所じゃ、話はできんな。なんせみんなバラしたがり屋だろ? 噂ってもんに舞い上がって本当のことは何も伝わらねえ。ここで俺が詳しくこんな事をした経緯を話したって、悪い方に話を盛られて、ディライクの敵意を高める可能性の方が高いからな」
フレッジは頬をさすりながら重そうに立ち上がった。そしてこの場を去ろうとする。しかし彼の腕を力強く握り、留めようとする生徒がいた。一組の委員長、マナ・ルーランドだ。
「……なに?」
「残念だけど貴方とスパーダ君をこれ以上接触させるわけにはいかないわ。さっきの話、いくつ嘘があってもおかしくない。それに貴方の能力は概念系に分類されるみたいだけど、あまりにもその概要が曖昧ね。分かっていることは貴方の肌と他者の肌が直接触れることで何らかの概念的効能が発揮するということ。さっきスパーダ君の手に触れたのは、その能力を利用してスパーダ君を操ろうとしたからでしょ?」
フレッジの目線がマナの手へと向けられた。マナは手袋をしている。しっかりと手袋の中にまで服の袖を入れ込み、肌を露出させないようにしていた。
「……へ、警戒心の強い女だな。分かったよ、委員長。連れてけ。アンタの好きなように俺を尋問すりゃいい。ただ、その情報はそっちの秘匿にしてくれ。スパーダに伝えるのもなしだ。ディライクに伝わっちまったらどうなるか分かんねえからな」
「言われずともそのつもりよ。貴方のことは詳しく調べさせてもらう」
フレッジはマナに連れられ、教室を出ていく。出ていく瞬間に見えたフレッジの目は、心なく笑っていた気がした。
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