9 逃げろ
周囲を警戒しながら、俺とマキナは物陰を利用して少しずつ帰路を辿っていく。緊迫した空気が流れているが、俺はマキナに念押ししなければならない。
「……マキナ。これからは能力の使用を自重してくれ。その能力は君を犠牲にして周りを救うだけだ。生きている人間の生存のために君の命を代償にすること。明らかに天秤は君のいる方に大きく傾いている。こんなものは奇跡なんかじゃない」
俺は少し厳しめにマキナの持つ力を指摘した。それはもちろん、彼女のために他ならない。
……だってそうだろ。マキナの能力は“生者の時間を逆行させ、現在の状態を過去の状態へ巻き戻す”こと。死んだ人間は救えない。そして生きている者が死から遠ざかる代償に、マキナの死は近づいてくる。そんな非情な奇跡……容認出来るわけがない。なんでマキナが死に近づかなければならない。救われるべきは彼女のほうだというのに。なんで他人が傷ついた責任を、彼女が取らなければならない……!
無意識に歯軋りの音が出た。何で君は笑うんだ。今にも泣き出しそうな顔で笑われても、俺は何も嬉しくなんかない。
「……奇跡だよ。だって、お父さんは、結果として多くの人の命を奪った。本心じゃなくても、それは事実。神様は、娘の私に、その罪を償える力をくれた。これ以上の奇跡なんて、ないでしょ?」
「……馬鹿言うなよ。君のお父さんは操られていたんだ。そしてあの夜を始める引き金を引かされたんだ。救われるべきは君たちだ。裁かれるべきはあの男だ。他の誰でもない俺が言うんだ。父親も、兄弟も殺された、この俺が……」
怒りが湧く。矛先はどこに向ければいい? あの夜を起こされ、無様に滅んだ
「……とにかくここを抜けよう。エーデルヴァルトに戻って、概念系能力者をもう一度洗いざらい確認する」
「──! 伏せてッ!!」
突然叫んだマキナに押し倒され、俺とマキナは地面に倒れ込む。ふと顔を上げた時、その眼前を赤い閃光が通り過ぎるのが見えた。
「チッ。外れたか。後ろに目でもついてんのかよ、お嬢ちゃん」
背後から投げかけられる苛ついた声。倒れ込んだまま振り向くと、そこには黒いフード付きのローブを纏い、杖をこちらに向ける痩身の男がいた。そしてその顔と半年前の記憶が合致する。
「テメエは……ルックスウィール!? 生きていたのか!?」
「へえ、俺の名前を知ってんのかい。坊ちゃん。もしかしてあの忌々しい探偵もどきの知り合いか?」
付けられていたか……! ルックスウィールの情報は持ち合わせていない。どんな魔法、能力を使ってくるのか。未知の影と戦うのは流石に分が悪い……!
「あいつに顔を取られて、あいつは俺のことを連合に告発した。なんとか連合の手から逃れはしたが……闇の王からこの失態のケジメをつけるよう命令されてな。──フロダロント・メイガス。あの男の顔で俺は俺の失態を挽回する。小僧、小娘。死にたくなければあいつの居場所を吐け」
血管が浮かび上がる恐ろしい怒りの形相。コジー・ルックスウィールの目的はフロダロントだ。俺たちはその手がかりに過ぎない。なら、まだ逃げられる。少しでも意識があちらに割かれているのなら。
「残念だが、あの男はお前も知っての通り用心深いみたいでな。俺たちもあいつの住処から出た瞬間、記憶を飛ばされたよ。だから、あいつの居場所は、知らねえッ!!」
懐から取り出した内蔵型簡易魔法陣を地面に叩きつける。飛び散った容器の破片と灰色の液体が瞬時に線を結び、辺り一帯は分厚い白煙に覆われた。
「走るぞマキナ! 戦う必要はねぇ!」
「うん……! 道は覚えてる。ついてきて!!」
俺とマキナは体に魔力強化を施し、自身の出せる最速で来た道を走り抜ける。
走れ走れ走れ……! 俺は魔法も能力も使えない。攻撃することも防御することもできない。マキナもまだ能力を使った影響で十分に魔法の行使ができないはずだ。出来ることは逃げることと、抵抗だけ。勝利は狙えない。とにかくエーデルヴァルトに着けばこの場は凌げる……ッ!
「──ッ! ぐっあ!?」
「スパーダ君!?」
右腕に破裂するような痛みが走った。衝撃の方向は上から。右腕を確認すると、肘から先が大きく欠損している。
「チッ……! 上に仲間がいるのか……!」
欠損した部分から赤い線虫が飛び出し、筋繊維の形を成しながら再生させていく。
「俺が傷ついても能力は使うな、マキナ! 俺の体は放置しておけば治る! それよりも頭上に防御魔法を張れるか!?」
「出来る! ──
俺とマキナは足を止めることなく、再生と防御を行う。背後にはルックスウィール。建物の上には別の仲間。恐らく進んだ先にも新たな敵がいるだろう。
どうする? 逃げ切れるのか? いや、どこかで必ず戦う時が来る。そうなったら……使うしかない。
俺は腰のベルトに刺した杖を引き抜く。これは命を奪おうとする外敵への抵抗。ならばこちらも命を奪う覚悟をせねばならない。敵が目の前に現れた瞬間、俺はこの木の棒を切れ味鋭い剣に変化させ、その喉元を掻き切る。
走り出して数分。煙が晴れ出した。そして前方には杖を向ける人影が三人。俺は杖を構え、剣化の準備を済ませる。
霧が完全に晴れた。対象の首元に杖を突き立てる。俺は杖を剣化させることはなかった。いや、もし剣化させてその首を刎ねたら、俺は一生後悔することになっただろう。
「お前ら……何でここに来た?」
「裕人が教えてくれてな。無理はしてほしくなかったが、お前たちの無事が一番大事だよ、弟」
「さ、帰ろうスパーダ。それとマキナちゃんも一緒にね」
その三人は俺の家族だった。司、葵、そして裕人。ふらつくマキナを即座に葵は支え、裕人は周囲の警戒を怠ることなく、杖を構えている。
「葵ちゃん……ありがとう」
「よく頑張ったね。また無理したの?」
葵はまるで母親のような声使いでマキナを宥めた。そして葵はマキナをおぶり、マキナは葵に体を預ける。
「裕人。先を見たのか? 影のやつらはどうなっていた?」
裕人に問う。すると裕人は杖をポケットにしまい、静かな声で答えた。
「心配いらないよ。もうみんな、誰かが殺した」
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