6 いい天気
──おい聞いたか? あの劣等生のスパーダが、新時代のローベン・ハーバーを決闘で下したらしいぞ?
──だけどあいつ、剣使いなんだろ? それと話によるとあいつの体には気持ち悪い虫みたいなのがいて、それがどれだけ体を欠損しようとも治すんだとか。そんなの人間じゃなくて化け物だろ。
──連合は知ってるのか?
……おかしい。決闘の情報が漏れるはずはない。この決闘は秘匿下で行われていた。観客として見ていた闘技会メンバーたちも闘技場外で決闘の結果、その内容を話さないという
「……やっぱり、いるのか。
「そう考えるしかねえな。闘技会のメンバーにいるんだろうよ。お前を貶めるために姑息な真似をする野郎が」
俺がリンドバーグであるとバラす前から狙っていたかどうかは分からない。しかし少なからずメンバーの中に犯人がいる。五十棲先輩か? いや、あの時、先輩は第四闘技場で決闘をしていたはず。俺が剣使いだと分かっていても、その詳細までは知らないだろう。この線はない。
「司、あの場にいたメンツは本当に
「ああ、確認した。あの場にいた十四人全員が誓いを立てていたよ。さっき一人一人尋ねて、タブが起動状態になってるのも見た。誰一人として状態はおかしくねえ。まあ、すでに話が知れ渡った時点で誓いは決壊してるが」
……
「……そうか。能力だ。司、十四人の中に、精神干渉、概念系の能力者はいなかったか? 誓いはあくまでも『魔法』だ。魔法を超えたカテゴリーである能力ならすり抜けることが可能かもしれない」
「能力……思い当たるのは四人だ。二人は俺たち一組の中にいる。……誰か分かるな?」
脅すような声色で司は言う。俺は黙って頷き、教室の扉を開いた。
司が先に教室へ入る。クラスメイトたちは賑やかな会話をやめて、クラスのリーダー格である司に明るく挨拶をした、そして俺が入る。クラスメイトたちは一気に熱を失う。
「そんなこんなで、結局釣りは一銭たりとも帰ってこないのでしたー! はい、ぼったくり、ぼったくりー! って、あれ? 俺の話ウケなかった?」
「うるさい」
聞こえるのはあの馬鹿のくだらない話とそいつの頭を叩いた少女の声だけだ。俺は他のやつのことは気にせず、そのまま用事があるそいつのもとに向かった。
「よぉ、ちょっと話聞きたいんだけど」
俺が声をかけた二人組は赤い目と天然パーマの黒髪を持つ馬鹿、レビン・クレイストンと、彼を諌める、艶のある銀長髪が特徴的なマナ・ルーランドという女生徒。
「お前、よくやったな!! あのローベン相手に勝っちまったじゃねえか、ええ!? すげえ強かったなあ!!」
満面の笑みにサムズアップを付け足して、こいつは俺に話しかけて来た。俺が緊迫した空気を持ってきたってのに、それに気づくまでもなくぶち壊してくる。やっぱり馬鹿だろこいつ。
「そのハンドシグナルは俺の住んでた地域じゃ、侮辱の意味を持つんだ。やるんなら『O』の字を作ってくれ」
「え? そうなの? ごめん」
「今日はフレッジと一緒じゃねえんだな、レビン。
「ええ。フレッジ君は魔力操作の補習でライ先生のところへ行ってるわ。その間にこの馬鹿だけでも馬鹿らしく馬鹿騒ぎをして、クラスが乱されるのだけは止めないとって思ってね」
「いだだだだ! やめろやめろ! 耳が千切れるうっ!!」
マナはレビンの耳を容赦無くつねり、レビンは涙を流しながら絶叫した。レビンはフレッジという生徒とコンビを組んで芸人活動(?)をしている。目立ちたがり屋な性格のレビンと面白いことに目がないフレッジのコンビは、クラスメイトたちにとって笑いの種であり、時々めちゃくちゃなことをされるために悩みの種でもあった。
「……もしかして話というのはこの馬鹿か私があの決闘の話を漏らしたんじゃないかってことかしら? 心外ね、スパーダ君。この半年間で友情を築き上げてきたはずなのに──まあ私は昔から貴方のことは知ってるけどね」
馬鹿はさておき……マナ・ルーランド。聖席十二貴族のトップ、ルーランド家の現当主。一年生のカーストトップに君臨する「鉄の女」の異名を取る魔法能力者。こいつは馬鹿よりも可能性はあるだろう。
「……やっぱり知ってんのか。俺のこと」
「知ってたわ。でも、かつての貴方のことを知るのはこの世界で恐らく私くらいでしょう。愚かなカーマックも、媚び諂いのエルヴィロードも貴方と会う資格はありませんでしたから」
冷めた表情、冷めた声で淡々と話すマナ。しかし隣の馬鹿はやはりルーナ先輩と関わりを出すと動き出す。
「てめ、ルーナ先輩のことを──ムグゥ!?」
「先輩は関係ないから黙っててくれ、レビン。今は俺とマナの関係がどうこう聞く気はない。俺はあの決闘の情報がなぜ漏れたのかを知りたいだけだ。もし仮にお前たち二人が違うとしても、他に心当たりがないかを知りたい」
レビンを押さえつけながら俺はマナに尋ねる。マナは顎に手を当てながら真剣な顔つきで考えている。
俺も彼女が犯人だとは思っていない。マナは厳しい物言いが多いものの、個を尊重した上で皆をまとめ上げる力を持っている人間だ。一人を貶めることなどしないはず。
「……そうね、多分だけど思い当たるのはあと二人なんでしょ? 精神干渉系、概念系の能力者を当たってると見たから」
見透かしたような目が俺の視線と交わる。艶のある銀の髪とは違い、その目の銀色は硝子のような透明度を保ちながら輝いていた。
「ああ、三組のアバン・ゲルターと四組のジータ・アルファードの二人なんだが……」
「二人は違うわ。二人とも私と同じタイプの精神干渉系能力者。私たちができるのは相手への干渉。
「つまり当てはまる人間はあの観客の中にいないってのか? でも闘技場は外から内部の情報を見ることはできないよう、妨害の魔法陣の上に建てられている。なら必然的に観客に犯人がいるってことになるだろ?」
「だからこそこう考えるのよ。あの中に偽物がいた。闘技会メンバーに見えるよう、細工を施し、潜入した上で、誓いさえ騙した人間がいるってね──」
◆◆◆
「うーん、分からん。偽装できる能力……結局それって概念系じゃねえか。いくら希少で絶対数が少ないとはいえ、断層内の全体数を見りゃ数が多すぎる」
俺は屋上で昼飯を食いながら考えていた。能力と言ってもその種類は千差万別。いくつかのカテゴリーに分けられたとしても、その詳細は一つ一つ異なるものだ。
それにメンバーの誰かに化けてるなら生徒じゃなくてもいい。完璧な模倣が出来るのかは分からないが、外見を合わせるだけなら教師や外部の人間でもできるだろう。もしかすると、考えたくはないが……この情報をバラしたのは「影」の人間だという線もありえる。
「……くそ、敵は増やしたくねえもんだ」
そうやって頭を悩ませていると、後ろで扉が開く音が聞こえた。今日もまた、彼女がここへやって来たのだ。
彼女は屋上に出た時に吹きつけた風によろめく。弱々しく、触れただけで壊れそうなほど細いその小柄な体では無理もない。
今日もまたぶたれたのか。頬には赤い痕が残っている。それよりも赤い髪の毛は、彼女の好きな薔薇のよう。誰であろうと彼女を一目見れば見惚れるだろう。そんな容姿を持ちながらも、彼女はこの世界に居場所を作れない。この屋上は彼女にとって唯一の逃げ場だった。それと同時に学校内の居場所がない、俺にとっての逃げ場でもあった。
彼女はまた俺の隣へと座る。隣といっても一人分の隙間を作る、微妙なスタンス。それは彼女が誰に対しても壁を隔てている証明。しかし隣に来てくれるということは、今の彼女にとって、最大の信頼を俺においてくれているという証明でもある。
「……今日はいい天気、だね」
深い翡翠色の目がぼんやりと虚空を眺める。見たところ雲量は八か九。ところどころ青空は見える中途半端な天気。晴れか、曇りか。彼女がいい天気というなら晴れでいいか。
「……そうだな。いい天気。あいにく状況は曇天だけど」
「……怖いね。剣使い、王族、化け物。いろんな言葉、全部君の」
継ぎ接ぎだらけの単語の羅列。彼女はまた一人ごとのように呟く。
──マキナ・アルセット。彼女は隣のクラスの女子だ。しかし彼女は訳ありで、俺とは違うベクトルで嫌われている。それは彼女の家庭に起因するものだ。
「……噂、広がってる。どれもこれも独り歩き。みんな、そうだと決めつける。それじゃ本当のことは見つけられない」
彼女は犯罪者の娘だ。いや、犯罪者というにはあまりにも酷。彼女の父ジョージ・アルセットは、闇の王に操られ王宮内で自爆し、神殺しの夜を引き起こす要因となった人物。しかし事件の真相が明らかになるまで時間を有し、偽りの悪名は国中に広まった。細かくは知らないが、マキナの家族は酷い仕打ちを受けたと聞いている。
「……俺の噂は本当だよ。剣使いで、王族で、そして化け物だ。誇れるような力も経験もない。あるのは生まれによって掻き回された人生だけだ」
マキナもどこか思うとこがあるのか、少しだけ俯いて表情を暗くした気がする。目元にかかるその髪と雰囲気が、もとから暗い空気を醸し出しはいるが。
「……話、聞くよ。なんでも、話して」
引き攣ったその顔は笑顔のつもりだろうか。なんとかして彼女の本当の笑顔を見たいと俺は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます