5 死亡遊戯

 扉を開けて入ってきたのはローベンだった。闘技会のメンバーたちは驚愕の表情を見せながら、真っ直ぐ俺のもとに向かってくるローベンに道を開けるため、一歩後ろに下がった。


「……ローベン」


「今日は君に助けられた。そのお礼をしようと思ってきたんだけど、君が戦う気満々みたいだから、それで返したいと思ってね」


 周りのやつらは皆ざわついている。ローベン・ハーバーは今や「新時代」の一人として数えられるほどの実力を持つ魔法能力者。下級生である一年生はもちろんのこと、上級生たちでさえも彼の実力には一目を置いている。そんな実力者が最下層の弱者へと直接決闘を申し込んだのだ。


「……ヘッ、いいのかよ? 俺みたいな雑魚と戦って名折れにならないかい?」


「いい加減、その卑屈な言い回しをやめたらどうだ? スパーダ・


 明らかな強調。それが意味するものは、いい加減自分の力を見せてみろというローベンからの挑発だ。


「……いいのかよ。お前、ぜ?」


「いいさ。これは死亡遊戯。死んでいい遊びなんだから」


  俺とローベンは無言で第一闘技場へと向かう。俺たちはこれから互いに殺し合う。その中に友情は関係ない。俺たちは獲物であり、狩人。獣であり、ヒト。戦いにおける人間の本質をここに見出す。


◆◆◆


「それでは、互いに誓いを交わしてください。契約が完了した時点で『死亡遊戯』の術式が起動します。最終的に命を奪われる、もしくは抵抗不可の詰みへと陥った時、決闘は終了します」


 闘技場の中心でユニフォームをまとったローベンと対面する。観客席には騒ぎを聞きつけた闘技会のメンバーが座り、期待に満ちた視線をこちらへと向けていた。


「その身体に宿る力を見せてみろ、スパーダ。ずっと周りからの嘲笑に耐えてきたんだろ?」


「今日のお前はえらく好戦的だな。やっぱ変わったよ、お前」


「そりゃこっちだって生半可な気持ちで生きちゃいないよ。昔みたいな劣等感は拭い捨てた。僕は僕の出せる最大の力を常に発揮するだけだ」


  ローベンは杖を前へと差し出す。半身の構え、真剣な眼差し、杖は正々堂々と対戦者を討ち倒すための誓いの武器。


「──聞け、我を倒さんとす汝、スパーダ・リンドバーグよ。我ローベン・ハーバーはその心を、瞳を真に受け入れる。故に我、汝のその清廉たる五体を傷つける剣を持ちし者。神よ聖者よ。ここに我、汝に対し我が身体を以てそのことごとくを討ち倒す。今ここに誓いを」


 ローベンは誓いギアスを結び、胸に刻まれた反魔石の宝玉は赤く発光する。決闘における覚悟の証明。ローベンは俺を全力で倒しにくる。


「……じゃあ、見せてやるよ。この世界で最も忌み嫌われる、罪禍の力をな……」


 俺はローベンと同じ構えを取り、ローベンの杖へ俺の杖を交差させる。そして、誓いを。


「──聞こう、我を倒さんとす汝、ローベン・ハーバーよ。我スパーダ・リンドバーグはその心を、瞳を真に受け入れる。故に我、汝のその清廉たる五体を傷つける剣を持ちし者。神よ聖者よ。ここに我、汝に対し我が身体を以てその悉くを討ち倒す。今ここに誓いを」


 俺の宝玉も同じく赤い光を灯す。今ここに互いの契りは結ばれた。そして──


試合開始レイ・オン!!」


  今ここに、戦いの火蓋は切られた。


「──同調開始。目覚めよ、我が身に巣食う蟲どもよ」


 体の奥がドクンと脈動した。細胞の全てが稼働し、神経は蠢く。それと同時に走り出す魔力のスパーク。開かれた魔力炉が右腕と接合し、魔力は杖へと一気に流れ込む。


 腕は一瞬で瓦解し、筋繊維は赤黒い線虫へと変貌。構成は人のものではなくなり、手根部からは新たに五本の指が生える。まるで蓮華の花のように、俺の手は十本の指を持つ。


 ──その十本の指で握り込むのは杖ではなく、剣。


 長さ九十センチほどのロングソード。朝に使った果物ナイフではない。調する剣を交換したからだ。


 ──剣使いの本質とは“物体に、切り裂く力を持つ物体──剣をこと”だ。その行為を「同調」と言い、剣を同調させることで初めて神からの祝福を得ることができる。


「──! 防守ステプトッ!!」


 咄嗟の判断でローベンは防御魔法を唱える。見えない壁が前面へと張られ、試合開始の合図と共に同調させ、振るわれた俺の剣を受け止める──が。


「ぐっ……!? 突破される……ッ!!」


  ガラスを割るような音を立てながら、俺の剣はその見えない壁を容易く破っていく。


「俺に初級防御魔法は通用しない。なんせ俺の剣による魔力出力量は並の剣使いのはある」


 壁を破壊し、俺の剣は勢いを落とすことなくローベンの胴体を横薙ぎする。しかし、届かない。こんな単調な攻撃では魔法能力者の万能性を打ち砕くことなど敵わない。


「大地よ、うなれッ!!」


  ローベンの叫びに呼応し、剣が接触するその瞬間、俺の足元が勢いよく隆起した。鋭い棘の形状をしたその大地に、俺の腕は貫かれ、そしてボトリと地面に落ちる。ドチャっ、と生々しい音を立てて落ちた線虫の塊。グロテスクに蠢くソレに、観客たちは恐怖の悲鳴を上げる。


「これが僕の能力『源流操作オペレーション・オリジン』だ。僕を中心に半径十メートルの範囲内の無機物を僕の好きな形に変化させ、操ることができる。君の紋章は右腕のみに発現している。右腕を落としてしまえば、君の力はもう使え……な──?」


 ローベンの顔が強張る。そして徐々に恐怖の顔へと変化していく。当然だ。だって、に慣れてる俺でさえ、こんなにも怖いんだ。


「残念だが、それは間違いだ。見えるだろ? このの姿が」


 切り落とされた俺の腕が分裂する。そして粒子状の微細な瘴気に変化したそれは俺の欠損した右肩へと集まり、その形を今一度、線虫の姿へと変化させて人の腕へと戻した。


 そしてその腕で落ちた杖を拾う。それだけで腕はまた異形の姿へと変貌し、杖は剣へと変化する。


「俺の命とは無関係に、紋章はどれだけ破壊されようと俺の体へ返ってくる。俺の体はもう昔の俺のものじゃない。着実にこの蟲たちに喰われていく」


  剣の切っ先をローベンへと向ける。まだ終わっていない。決闘はまだまだこれからだ。


「続けようぜ。戦いは始まったばかりだ」


「──ッ。……フッ」


  ローベンは一瞬だけ苦しそうに顔を歪ませた。だがそれもほんと一瞬。すぐに自身に与えられた今の立場を思い返したのか、不敵な笑みを浮かべつつ、乾いた息を吐き出した。


「いいよ。……続けよう」


 ローベンは腕を天にかざす。すると歪んだ空間から一冊の分厚い本が現れ、それは宙に浮かんだまま、ローベンの側へピッタリと付けた。


「それは……」


「見覚えがあるだろう? 向こうにいた時に僕が使っていたの本だ」


「! バースさんの魔法書か……!」


 バース。俺が住んでいた人工島を作り出した断層出身の能力者。彼はローベンの育ての親であり、彼によってローベンは向こうにいた頃から魔法使いとしての教育をなされていた。バースの目的は向こうの世界と断層を繋ぎ、迷い込んだ断層出身者を断層へと返すことだった。俺とローベンは彼が開発した転送装置によってこの世界へと返されたのだ。


「どうやら僕の『魔法適正』は『少数派マイノリティ』だったようだ。僕の固有魔法は。先生の魔法書は、古代魔法を扱えるようにする代物だった」


 古代魔法……? 確か今から五百年ほど前、まだ魔法能力者という存在が現れ始めた魔法社会黎明期における魔法の総称だったはず。今の多少数派の二分された魔法系統とは異なる系譜の奇跡を可能とする失われし奇跡。なぜバースの魔法書にその秘蹟が埋められているんだ。


「──見せよう。限りなく能力に近い、古代魔法の真髄を」


  一人でに魔法書が開く。頁に刻まれた文字が輝き、可視化されるほどに高密となったローベンの魔力が魔法書へと集中する。集中した魔力は性質を変え、眩く爆ぜる雷光となり、次の爆発へと備える。


「──!! 魔力解放ッ!!」


「第六こう 死せる雷光エレクトロキュート


  それは弾丸だった。静かな詠唱は引き金を引く行為。セットされた雷弾は一瞬の加速によって電磁砲レールガンの如き破壊力を携え、人智を超えたスピードで迫った。


  そんな馬鹿げた速度を、人間は後出しで対応できるはずがない。俺はローベンの詠唱より先に魔力炉と紋章を連結させ、倍以上の魔力量を持って思い切り魔力を解放した。

 

「グッ……オオ……!」


 なんとか……なんとか食い止めている。俺は魔法、能力ともに使用できないが、通常の魔力炉に加え、さらに高密度の魔力炉として使用できる紋章を持っている。


 コストパフォーマンスは悪いが、その莫大な魔力量を一気に解き放つ「魔力解放」は数秒間ではあるが能力に匹敵するほどの火力を出すことができる。だが……このままでは、火力負けする……!


「オオオッッ!!」


 吹き飛ばした。さらに魔力の出力を引き上げ、解放された魔力の波が雷光を掻き消す。しかし立ち上った煙の奥から、同じ雷光が迫り来るのを俺は止めることができなかった。


「ガッ……! アアアッ!!」


  雷に焼かれる。神が扱う雷電の力とはこれほどまでの激痛をもたらすのか。被弾した俺の右腕から電流が全身へと走り、神経は焼き切れていく。焼かれた肉の匂いが立ち込める。右腕は焼け焦げ、粉末となって砕け、俺の身体は炭のようになり、地面へと倒れ込んだ。


「勝負あり、かな。僕の古代魔法は能力に匹敵する力を持つが、それはあくまでも『魔法』に過ぎない。今の六ページ目の魔法だって、古代魔法の格で言えばレベル。同時に生み出して連射ということだって可能だ」


 これが学年のトップをゆく者の力か。あまりにも大きすぎる差。魔法も、能力も、いや、もしその二つを併せ持ったとしても勝ち目はないのかもしれない。諦めるしか──ない。なんて、言わねぇ……。


「……これは……?」


 魔法、能力。魔法、能力。魔法……能力……。どいつもこいつも、それに固執しすぎだ。もちろん俺もだ。だが俺は他の誰もが持っていない力を持っている。それは例え目の前の強者でさえ持ち合わせていない。教えてもらっただろ……オヤジに……。



 ──君の持つその力は、歴史上類を見ない究極の力だ。魔法も能力も必要ない。「それ」があるだけで、君にとってゼロユージングというのはただのハンデになる。君に戦い方を教える。君に合った、君だけの使の戦い方を──。



「……目覚めろ。神家の紋章。さっさと俺の元に帰ってこい」


 体の奥で、ソレが歓喜する音を聴いた。


「な、なんだ!?」


  驚いているか、ローベン。お前が知っている俺は人間だったか? この一年の間で、お前が予想している以上に俺は人間をやめたんだぜ。


 何もない空間から赤黒い粒子が現れる。それは先程と同じように右腕に返還されていく。だが違うのは右腕を通り越し、粒子が体全体へと行き渡っていくことだ。


 体全体に蟲が這い回る。想像を絶する不快感。しかしこれを乗り越えなければ俺はことはできない。耐える耐える耐える。物理的苦痛ではなく精神的苦痛に。


 乗り越えた先にあるものは再生。焼け焦げた身体があっという間に元の肉体の姿へと戻っていく。腕も元に戻る。五体満足の状態は今一度ここに帰ってきた。


「俺の身体は人であり、人でもない。俺は自我を持った『剣』だ」


「その体は……!?」


 体全体で蠢いていた蟲は硬化した。その材質は鉄。鋼の輝きを放ち、刺々しく体から突き出すその姿はまさに剣山。体を動かすたびにギリッと鉄が擦れ合う甲高い音が闘技場に鳴り響く。


「──起源剣製バース・オブ・ザ・エスパーダ。俺の剣能エペだ。俺の魔力が通っている物質を全て調の剣として剣化させることができる」


「……馬鹿な。剣使いが同調できる剣は、一つの物質につきが上限のはず……!! いや! 二本目以降の剣を同調させると、剣使いとしての固有能力『剣能エペ』はその効果を弱め、発動しなくなる……! なぜ自ら力を弱めるような真似を……!?」


「その常識が俺には通用しないからだよ。俺の剣能はどれだけ剣を同調させようと力が。普通、二本の剣を同調させた場合、力は『1÷2』となり、半減するが、俺の剣能は力を『1÷1』にする。つまり力を失うことはない。例え一万本同調させようとも、俺はその全てを俺の剣として使用できる」


 俺は杖を握り直す。そして杖を剣化させ、真下へ剣を叩きつけ、地面を砕いた。その欠片を拾い、俺の魔力を流し込む。


「つまりはこういうこと──だッ!!」


  欠片をローベンに向かって思い切り投げつける。欠片は真っ直ぐに飛びながら、その構造を変え、何本ものロングソードに変化した。


「!! 防守ステプト!!」


  ローベンが防御魔法を唱える。しかし投擲された剣は容易くその防御を貫き、ローベンの体に幾つもの風穴を開けた。


「グッ……ハッ……!」


  よろめくローベンに詰めの攻撃を仕掛ける。その攻撃はただの体当たり。しかしそれこそが必殺。なぜなら俺の体は剣山。乱雑に突き出した鉄塊で生身にぶつかれば、肉を貫き、骨を砕き、体はぐちゃぐちゃになる。突き出した剣の山によって強化外骨格ユニフォームはズタズタになり、その体からは大量の血が流れ出す。


 ローベンは地面に力強く打ち付けられ、自身の敗北を悟ったのか、手を上げた。


「……参った……スパ──」


「じゃあな、ローベン」


 その言葉を聞き遂げるままなく、俺はローベンの首を刎ねて死亡遊戯を終わらせた。

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