第47話  決意

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予想はしていたが常務の彼女のように言われて動揺する美沙に、追い打ちをかけるように瑠美子が続ける。

「ご結婚は来春ですか?」

「け、結婚!」美沙と晃が同時に驚いて声をあげた。

「ご冗談でしょう?その様なお話は全くありません!」美沙が慌てて否定する。

「まあ、今夜は先日の御礼と社長のプライベートの取材とか聞きましたが?」社長が直ぐに話題を変えた。まだ、この娘と晃は全く何も進んではいないな!この子なら私が欲しい位だ!と心の中で呟く社長。

「モーリスとのお取引を円滑に行う為に、この様なクラブでの接待も何度かされたのでしょうか?」小南が尋ねた。

「そうですね!一、二度お連れしました」

「地の利がお有りでないでしょうから、大阪で接待の時はどの様な場所に?」

「この瑠美子さんが北新地のホステスをされていたので、ご紹介して頂いたのです」

「有名なクラブJでしょうか?」

「その通り!流石は一流記者だ!違うね!クラブJを知っているのだね!瑠美子はその店のナンバーワンだったのだよ!」

「名前は存じていますが、行った事はありません」


北新地のクラブJ

新和商事が裏で経営している高級クラブで、その中にJクラブの組織が存在してホステスを使って企業の秘密等を調べるスパイの様な組織が有る。美女を並べて身体で誘惑するのが主な手法になっている。新和商事は暴力団との関係も有り、難しい仕事を闇の中で始末する事もある。


「社長さんはそのクラブJでは何方を接待されました?」

「庄司君の上司の村井課長とか品質管理の課長の飯田さん、営業部長の安永さんも一度位でわずか二回ですよ!流石に高級クラブですから、この店の倍程ですから簡単には接待には使えませんよ!」

噂に聞く松永管理部長の名前が出ないので、社長は一度も会っていないのだと思った美沙。

一時間程で小南と美沙はタクシーでクラブエデンを後にした。

一緒に帰ろうとしたかった常務は社長に呼び止められて、美沙達を名残惜しそうに表で見送った後そのままエデンの中に消えた。


翌日から美沙と小南は原稿を纏める為に机に釘付けになる。

木村と三木はその間に、保育園と冷凍倉庫の工事現場の進行状況を確認しに向うと、意外と早い工事の進み具合に驚いて戻ってきた。

「冷凍倉庫は既に八割完成ですね、保育園も来月中頃には開園出来る様です」

「すると来月末には工場の拡張工事が始まるわね」

「二ヶ月程度で拡張工事は終ると聞いたから、鶯餅には充分間に合うわね」

「でも、モーリスの悪事の決め手が掴めていないわね!」


数日後、本社の小島部長から、この文章では記事には使えない!モーリスの悪行の決定的なものが無い。これでは追い詰められない!十社の情報も曖昧でインパクトに欠ける。第一弾は予定通り、モーリスの特集で新規採用の紹介記事で千歳製菓を使うが、十一月十五日までに、もう少し鋭い記事を送って来なさい!と強い口調で命じられた小南。

「駄目だって、ひき逃げがモーリスの仕業だとか、千歳製菓の回避の手法を書けば納得するのだろけれどね」

「千歳製菓の事を書けば、計画がモーリスに気付かれ、その反撃を受けすべてが水の泡となってしまいます」

「みどり青果の事も不明なことだらけだから、難しいわね!」

「最後は私がクラブJに潜入して情報を探る以外に手が無いですね!」

「本気なの?危険よ!確かに美沙なら採用は間違い無いと思うけれど、二十日程で探ってほしいけど、それに、顔が直ぐにばれる可能性が有るわ」

「面接で判らなくてもお客とか他のホステスに見つかれば終りなのですよね!」

「危ないわ!それに暴力団の巣窟かも知れないのよ!」

「先日少し変だと思った事が有るので、それも調べたいのです」

「何が変だったの?」

「クラブエデンに行った時、クラブJのナンバーワンだった瑠美子さんって紹介されましたよね?」

「それが?綺麗な人だから当然ナンバーワンでしょう?話し方もお客の扱いも上手だったわ!」

「そうなんです!何故北新地で一番のクラブJのホステスが、格下のエデンに勤めるのですか?あの瑠美子ってホステスは京極社長の情報をモーリスに伝える係ではないのかと思ったんです!」

「そうね、なるほどそれは充分考えられるわ!美沙は鋭い!」

「潜入するには、私の友達の妹の名前を使おうと考えています」

「段取りが早いわね!」

「大学四年生で奨学金の返済の為に、四月まで働きたいと言います!問題は私が見破られないことですからね」


日曜日、美沙は意を決して行きつけの美容院に向った。

普段はセミロングの黒髪をポニーテールにしていて、美容院で二ヶ月に一度程度切り揃えるだけだが、シャンプーが終ると「バッサリ切って、金髪にしてください」とお願いした。

「えっ、美沙ちゃん!何かあったの?失恋?でも金髪にするとお父さんやお母さんから怒られない?ほんとにいいの?」と子供の時から行きつけの美容師が心配して聞く。

「いいの!切って!」

「切るのは良いけれど、染めるのは止めたら?」

「だめ!時間が無いの!今日しか無いのでお願いします!」

五十センチ程の黒髪を短く切ると言い出した美沙に驚きながら「これ位?」「これ位?」と櫛で何度も位置を尋ねる店主に「そこの雑誌下さい」と髪型の掲載された本を手に取り「これにして下さい!」と金髪のショートボブのモデルの写真を指さした。

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