第42話 北へ
56-042
「モーリスの手法の逆手を取る段取りが次のページです」
数社の和菓子メーカーの名前と生産をお願いする商品名が記載されている。
「来年の頒布会の品物の製造を同業者にお願いに行って頂きたいのです。実は既に色々な同業者に私たちが話をしています」
「先ず会長には、私と一緒に秋田和菓子さんに行って頂いて、生産をお願いして頂きたいのです。その後他の会社に順次電話でお願いされるか、出向いてお願いして頂きたいのです」
「既に話をして頂いたのですか?判った!来週にでも行こう!」手回しの良さに驚く二人。
「生産に目処がつけば、社内の商品アイテムの整理の中止、従来の得意先の整理も中止にして下さい!これは会長が神崎工場長か、酒田専務に極秘で伝えて下さい!モーリスに絶対に悟られてはいけません。この計画が失敗してしまいます」
「しかし、一番不安な事は単価ですよ。各社にお願いして単価が合いますか?我社の負担になりませんか?」心配する宮代会長。
「大丈夫でした!先日来年の頒布会の納入価を常務に見せて頂きましたが、充分可能な価格でした」
「晃は君達の味方なのですか?それなら期待出来るね!」
「いいえ!それは残念ですが違います。美沙が取材のために教えてほしいと頼んだところ、常務は美沙を気に入られたようで、極秘情報ですが教えてくれたのだと言うのが正しいと思います」と小南が言った。
佳枝が「そうでしょう?あの子がその様な事をする筈無いわ、昔から遊び好きで派手な事が好き、女の子の友達も・・・」と話しに割り込むが途中で口籠もった。
「失礼ですが、常務が重責を担うには難しいと思います!」小南は更に畳みかけた。
「価格の面で問題無いのは、再来年の為に布石を打ったのだなと思われるね。わかった、それでは老骨に鞭を打ってでもお願いに向うしかないな」
「是非お願いします」と美沙が言った。
「こんな美人のお嬢さんと一緒に旅行か」
「呑気な事を、あなたが作った会社が無くなるのかもしれないのですよ!」美沙達の方に向き直り「この様な事に尽力を注いで頂いて申し訳ありません」佳枝が二人に深々と頭を下げた。
「ただしですが、これで完全に助かる保証はありません。既に借り入れも膨大に膨れ上がっていると思われますから、立て直しが大変だと察します。私の父もですが、社員一丸となって頑張って頂きたいと思います」
「ありがとう!よく教えて下さった!ありがとう」夫婦は深々と頭を下げた。
「くれぐれも時機が来るまで内密にお願いします」
二人が帰るのを見送ると「赤城君のあの小さかったお嬢さんが会社を救ってくれようとしているとは!考えてもいなかったな!」
「本当ですね!内の孫と一緒になって会社を建て直してくれたら、最高の冥途の土産になりますね!」
「孫の嫁にか?・・」
頷く佳枝だが、宮代会長は二人の孫には夢のまた夢だと笑った。
翌週、三人は車で名古屋支店を出て、美沙を会長宅で降ろし、千歳製菓の本社には小南と三木が向かった。
本社の前では京極常務が気を揉みながら美沙の到着を待っていた。
常務は車を玄関横の駐車場へ誘導しながら、車内に美沙の姿を捜している。
昨夜、社長に美沙が会社に来た際に紹介すると話すと母の貴代子も聞きつけて一緒に社長室で待っているのだ。
千歳製菓を一躍有名にしてくれるウィークジャーナルの美人記者。晃は、まだ付き合ってはいないがお互いに好意を持っていると母親に話していたので、貴代子の目で見て気に入れば身上調査をして、本気で晃の嫁として考えようと心に決めていた。
「あの?み、赤城さんは?」車から降りる二人に常務が尋ねた。
「今日は、私達二人ですよ!美沙は別の取材に行きました!私達だけで充分ですよ!」
「あー、赤城さんが・・・」おろおろする常務。
「さあ、参りましょう」
カメラを首に二台引っ掛けて「先ず玄関先も一枚写しましょう」三木がカメラを早速構えて、シャッターを切る。
「インタビューは社長室で?」
「は、はい!でも赤城さんは、何故?食事の準備も・・・」
「僕は大食いなので、大丈夫ですよ!」
「困るなー困るのだよ!」
「何がですか?」
「いやー、お袋が・・・」
「えーお母様もいらっしゃっているのですか?」
小南はノー天気な常務が母親に美沙の話を自慢げに話したのだと直ぐに判った。今日の食事会は美沙の品定めの場でもあったのだと思った。
二人はスリッパに履き替えて会社に入り、社長室に向った。
女子事務員が小南達を見かけると会釈をして、珍しそうに見ている。
社長室に二人が入ると髪を整え三つ揃いの背広の京極社長は「ようこそ、いらっしゃいました!」と立ち上がって出迎え、貴代子も同じく立ち上がって出迎えたが、目的の女性がいないので入り口の方を見ている。二人の後に、常務が入って来て扉を閉めた。
「晃!あの子は?どうしたの?」と晃に言った。
晃が慌てて近寄り耳打ちすると貴代子は「話が違うじゃ無い!」と一瞬恐い顔を見せたが、直ぐに取り繕った笑みを浮かべた。
二人は名刺を渡して挨拶をすると小南が「先に工場内の撮影をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」と言った。
「そうですね、私が案内致します!」京極社長が自ら率先して案内をしてくれる様だ。
「その前にお茶でもどうぞ!」
テーブルにお茶が運ばれた。
ソファーに腰掛けると社長が「この度は素晴らしい企画をして頂きありがとうございます」と言った。「いえいえ、常務には度々取材に協力して頂きましてありがとうございます」
「息子でお役に立ちましたか?」
「はい、大変助かりました!常務の協力が無ければ、今日の日は無かったと思います」
一方、その頃美沙は、宮代会長を連れ添って飛行機に乗り込むところであった。
美沙が「今頃、御社に取材に伺っていますね」と会長に話すと「馬鹿な話を大袈裟に喋っているのだろう?大馬鹿者が!」と言った。
「でも、その息子さんの常務のお陰で色々私達は情報を頂きました」
「笑えない話だな・・。大泉さんどの様な顔をするかな?五年ぶりだ!」
曇り空を見上げて宮代会長は、空と同じ様な暗い目をしていた。
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