第41話   喜びから不安へ

56-041

翌日、小南と美沙は千歳製菓の本社から、五キロ程離れた高級住宅街の一角に在る宮代会長の自宅を訪れた。

「大きな家ね!」

「私一度父に連れられて来た事があります。子供の頃ですけど。」

そう話しながらチャイムを鳴らすと、中から上品な感じの佳枝夫人が迎えてくれて「ウィークジャーナルの記者の方ですね。どうぞ、お上がり下さい」と言って優しく招き入れてくれた。

「お邪魔します!」二人は案内されて廊下を進む。

「綺麗なお庭ですね!」

広い庭には玉砂利が敷き詰められて、手入れが行き届いた植木が二人の目を和ませる。

「主人は向こうで鯉に餌をあげていますよ!」指さす方向には十坪程度の池が見えた。

「いらっしゃい!こちらの部屋で話を聞こうか?」

錦鯉を観賞できるこの部屋がお気に入りの様で、佳枝夫人が広い座敷の縁側の方にテーブルを置いて準備をした。

「さあ、鯉でも観賞しながらお話を聞きましょうか?」と庭から宮下会長が言った。

「綺麗な錦鯉ですね!紅白に、あれは大正三色ですね」小南が指を指して言うと「おお!錦鯉が判るのですね」嬉しそうに言う宮代会長。

「あの昭和三色がこの中では一番高級ですね!」

「流石はウィークジャーナルの記者さんだ!錦鯉を見る眼までお持ちだ!」

「以前に錦鯉の取材をさせて頂いて、覚えたのです」

「それでも素晴らしい、この沢山の鯉の中で高級な鯉を言い当てる方は中々いらっしゃらない」感心しながら座敷に上がるって行く宮代会長。

座敷に座ると早速名刺を差し出し「ウィークジャーナルの記者で小南と申します」

「同じく赤城と申します」軽く会釈をする美沙を見て「お婆さん!赤城君のお嬢さんだ!綺麗な娘さんになられたよ!」

「宮代会長には判ってしまいましたか?今日はご時間を頂きましてありがとうございます」

お茶を運んで来た佳枝夫人は「えっ、あの赤城さんのお嬢さんだったの?そう言えば面影があるわね!でも美人の娘さんに・・・私達も歳取る筈ですよね!」そう言って微笑んだ。

「そうだな!この庭で赤城君と一緒に来た時は小学生だったかな?」

「はい、小学五年生の夏に家族で伺いました!」

「赤城君の話では、当社とモーリスの取引について話が有るとか?先日テレビで誘拐事件に遭ったのもお嬢さん?」

そう言われて頷く美沙。

「中々出来ない事をしましたね!あの親子はモーリスに逆恨みをしていたとか?恐い世の中です!」

「実は会長!逆恨みではありません!事実なのです!」

「事実?」

「はい、寺崎食品さんはモーリスに操られて大変な仕事を受けてしまい、家族が病気になったのがきっかけで破綻してしまったのです」

「業界が異なるので、殆ど付き合いは無かったが立派に商売をされていると思っていましたが、モーリスに操られるとは?」

「はい、ここに資料をお持ちしました!ご覧頂きながらお話を進めさせて頂きます」

「結構分厚い資料ですね」

「最初に我社の特集記事で御社の事を数ページに渡り紹介しています。これは十一月最初の週に発売される予定です」

「おお、社長のインタビュー記事も載せるのですな!喜ぶでしょう?この様な事が大好きな男ですからな!」そう言って微笑む。

「この記事が掲載されて、しばらくして頒布会の勧誘チラシが出ますので通常よりも沢山の注文が来ると思います」

「それは良い事だ!私も社長職を譲って良かったと思える」

「インタビュー等では来週会社に訪問させて頂くのですが、今日お伺い致しましたのは、その次のページからの件についてなのです」

宮代会長がページをめくると、そこには全国で最近倒産した会社が十社掲載されていた。

「これは・・・寺崎食品も・・・」笑みが消えて絶句した。

「そこに記載されている会社の特集が我々の特集の本題なのです!そして取引先は全てモーリスです」

「じゃあ、私の会社の記事は?」

「多分本社は、誠に失礼ながら千歳製菓さんがこれからモーリスの罠に填まっていく姿を追う為に、特集記事を考えたのではないかと思っています」

「モーリスはそれ程恐ろしい会社なのですか?」

そのページには玉露堂の事が書かれていた。

「これは来年の共同企画の会社だな!」

「そうです、会長の会社もこの様になるか、寺崎食品の様に倒産に追い込まれるのか」

「次のページには何故その様になるのか?を記載しています」

「従来の取引先を整理したり、従来の商品を削減したりしてモーリスに特化した結果がこれか?支払いサイトが百二十日?考えられない!我社もこの様な契約になっているのか?」

「頒布会が始まれば、その様になる契約を既にされているのではないかと思います」

「馬鹿な!仕入れは早い物で三十日、遅くても六十日なのに、販売を百二十日にしたらお金が幾らあっても間に合わん!」

「来年までは千歳製菓さんの思った提示する値段で買って貰えますが、その翌年から原価計算までモーリスが牛耳り納入価を決定していきます」

「それは商売では無い!窃盗に近い!」怒る宮代会長。

「それを合法で行うのがモーリスの商法です!それで先日の寺崎親子の事件が発生したのです。でも親子の主張は却下されて、モーリスは罪に問われることなく誘拐という大きな罪だけが残るだけとなりました。」

「な、なんと・・・」

「あなた!千歳製菓も露と消えるのですか?」そう言って心配する佳枝夫人。

「会社で!社長を厳しく責めなければならん!」

「次のページを見てください。モーリスに打ち勝ち、公正な取引をしている会社の例です」

「京漬?漬け物の会社だな」

「それで我々は千歳製菓さんに、京漬の道を歩んで頂きたいのです」

「どの様にすれば良い?この老人の力で出来る事なら何でも・・・」


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