第40話 意外な記事
56-040
信紀と別れた後、美沙が千歳製菓に電話をしたのは、昼休みが終った直後だった。
京極常務は朝の余韻が残っていたのか、社内の人に自分はテレビで報道されていた誘拐事件の女性記者と知り合いだと自慢をしていた。
「常務さん!いつの間にあの様な美人記者さんとお知り合いに?」
女子事務員に聞かれて「取材!取材を受けたのだよ!それで知り合いになったのだ!」そう言った時、別の事務員が「そ、その記者さんから、常務に電話です!」と告げた。
「ほら、本当だろう!」嬉しそうに自分の席に戻り受話器を取った。
事務所の人が集まって「本当だったのね!」と囁き合っていた。
「えっ、明日の午後ですか?はい必ず伺います!」
電話を終えると笑顔で「インタビューかも知れないな!昼から散髪でもして来るか?」口笛を吹きながら上機嫌で外に出て行く京極常務。
「あの様なノー天気常務を好きになる人などいるの?」
「絶対に無いわ!」
「会社の情報を取られているのでは?」北川碧が言う。
「ウィークジャーナルの記者さんが欲しがる情報が、我社にあるの?」
その言葉で社内が爆笑に包まれた。
翌日、意気揚々とウィークジャーナルの名古屋支店を訪れた京極常務。
昼休みを外で過した美沙と小南は「あの常務この前と同じで、早く来ているかも知れないわね!」小南が言った時、美沙の携帯が鳴った。父の信紀からの電話だ。
「美沙、常務を説得するのは辞めた方が良い!それよりお前に会わせたい人がいる」
「誰?京極常務より頼りになる?」
「少なくとも常識人だ!明日会って貰えるようにお願いしていたら、先程返事があった」
「誰?」
「宮代会長夫妻だよ!詳しい話はしていないが、千歳製菓の存亡に関わる話だと伝えてある。会長は誰にも話はされていない!常務に話せば今日中には会社中に知れ渡って、混乱が起る!分かった!」
「分かったわ!お父さんも一緒に?」
「いや!私が出ると、後で面倒な事になるだろう?赤城の娘では無く、ウィークジャーナルの記者として面会しなさい!」
「ありがとう!お父さん!」美沙は父があれからずっと誰に相談するのが良いのかを考えていたのだと思った。
電話が終って小南に父の電話の内容を話した後「京極常務を適当に煽ててお帰り頂きますか?」そう言って微笑んだ。
小南も「お父さんも必死だったのね!明日二人で会長さんにお願いに行きましょう!」
「そうですね!秋田和菓子さんも会長の頼みなら、聞き入れてくれると思います」
事務所に戻ると既に応接室で京極常務が待っていると同僚が伝えてくれた。
小南は自分の席に戻ってメールのチェックをした。
「美沙!見て!本社から十一月最初の本誌にモーリス特集のトップに新規取り扱いメーカーの紹介として千歳製菓を取り上げるそうよ!」
「えー、嘘が本当になったの?小島部長に聞こえたのかな?でもあのノー天気常務には良い手土産が出来たわ!」
「本当だわ!喜んで帰るわね」二人は早速メールを京極常務に渡す為印刷した。
「お待たせしました!」
小南が先に応接室に入ると、晃は後から入って来るかと美沙を探した。
「あの、み、赤城さんは?」
「直ぐに参ります」そう言われて晃は安堵の表情を浮かべた。
「モーリス特集の最初の週に新規取り扱い頒布会メーカーとして千歳製菓さんが決まりました!」
「えー、本当ですか?最初の特集企画に当社の紹介記事が?」声が裏返る程喜ぶ京極常務。
その時、美沙がメールを印刷した紙を持って入って来ると、いきなり立ち上がって「ありがとう!ありがとうございます!美沙さん!」そう言って美沙に抱きついた。印刷物を持った状態で京極晃の腕の中へ。美沙は「きゃー」思わず声を発してしまった。
「あっ、これは失礼しました!」と慌てて常務が離れた。その時「どうされました?」悲鳴に驚いた女子社員二人がノックもせず飛込んで来た。
「あっ、いえ、何も、何もありません!」戸惑う美沙。
京極常務も慌てて椅子に座って冷静を装った。
それを見た女子社員二人は、「失礼しました」と頭を下げで出ていくと「すみませんでした!喜びの余り興奮してしまいました!」京極常務が美沙に深々と頭を下げた。
「私も突然で、大きな声を出してしまいました」そう言って照れ笑いしながら「これが原稿のコピーです!まさかこれだけのページを編集部が割いて千歳製菓の事を記事にするとは思いませんでした」そう言いながら机の上に広げる美沙。
「この中で社長のインタビュー記事の欄が有るのですが、後日カメラマンを連れて取材に参りますので、社長様にご都合を聞いていただけますか?同時に工場内の写真も撮影させて頂ける様にご配慮いただけるとありがたいのですが?」
「わ、分かりました!父、社長も喜んで協力すると思います!これから帰りまして早速日程を決めさせて頂きます」
その後は記事の内容に話が終始して、最後に上機嫌の京極常務が「当社にお越しの際には、食事を準備しておきますので、是非小南さんもご一緒にお越し下さい!」と小南を便宜上誘った。本心は美沙と食事がしたいだけだった。
常務が帰ると「私は行けませんので、小南先輩と三木さんは是非ご馳走を頂いて下さい」
「千歳製菓には、美沙の事を知っている人がいるから行けないわね。私達がたっぷりご馳走を食べてきます!」
「先輩!明日持って行く資料を準備します」
「でも本社の部長は何故、千歳製菓を大きく取り上げたのかな?」
「これなら、モーリスの悪事を叩くとの趣旨から逸脱している様に思えますね」
「ノー天気の常務が喜ぶのは判るけれど、これでは売上げが倍増して益々モーリスの頒布会が繁盛してしまうわ」
「でも、次の号から、もの凄い記事に変わるのよ。私達の取材記事がモーリスを崖から突き落とすでしょう?」
二人は本社の小島部長の意図が判らなくなっていた。
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