第22話   保育園の移転

56-022

京極社長は、モーリスからのお金の融資、工場拡張と次期頒布会と立て続けに優遇をされたので、支払いサイト百二十日を断れず、契約書に調印をしてしまった。

JST商事のサイトも六十日なので、千歳製菓の現金資金繰りは一気に悪化してしまう。

約二ヶ月から三ヶ月分の運転資金の調達を余儀なくされることになる。


翌日、小南が本社に「十社の取引先がモーリスなのですか?」と尋ねると「まだ全ての調査は届いていないが、三社の取引先はモーリスのみの会社だった」

「寺崎食品の取引の大半もモーリスでしたので何かありそうです、他の七社も判明したら教えて下さい」と小南は頼んだ。

この企画の東京本社編集部部長小島は、小南の問い合わせを聞いて「早くも気づいたか?モーリスに知られるのは時間の問題か?」と呟いた。


「お父さん!紹介してくれたパートさんは、寺崎食品の仕事の大半はモーリスの仕事だったと言っていたわ」

「えっ、寺崎食品って天ぷらとかかまぼこなどを作っていた練り物の会社だけど、モーリスと取引があったのか?」

「あったのか?では無くて、殆どがモーリスの仕事だったらしいわ」

「本当なのか?」と驚く父。

「小南先輩が本社に尋ねたら、倒産した十社の中で三社の取引先も同じくモーリスだって!」

「他の七社は違うのなら、偶然だろう?」

「違うのよ!他の七社の調査報告が届いて無いだけなの、私は多分全てモーリスだと思っているのよ」

「どう言う事だ!それって最近倒産した会社の特集記事だろう?」

「私は多分小島部長は知っていてこの企画を立案したと思うのよ!」

「何の為に?」

「モーリスという大企業に食い物にされた中小零細企業ってタイトルが目に浮かぶわね」

「おいおい、美沙恐ろしい事を言わないでくれよ!今お父さんの会社もモーリスとの取引が増大しているのだよ!噂ではすでに工場拡張の目処が出来たって聞いた」

「工場拡張?今の工場を拡張って?土地が無いのに・・・」

「工業団地に第二工場建設って話もある」

「待って!確かお父さんの工場の横って保育園よね!」

「そうだよ!のぞみ保育園だ!」

「判った様な気がする!ありがとう、明日確かめて来るわ!」

そう言うと美沙は自分の部屋に入っていった。


翌日、寺崎食品の跡地に向った三人だったが、作業員の姿は見えず聞き込みは出来なかった。

小南は、建設の看板に有る電話番号を見て「あの不動産屋に電話をしてみましょう」と言ってすぐに電話を掛けた。

すると「何処の場所でしょう?数多く所有していまして」

名古屋の住所を言うと「マンションは来年建設予定ですよ」

「マンションではなくて、保育園の建設についてなのですが?」

「保育園の建設は当社では判りません。その様な建設の予定はございません!」と答えるなり電話を切られた。

「既に持ち主が変わっているのかも?」

「登記簿を見に行くわ!二人はのぞみ保育園の取材に向って!」と小南が言った。

美沙の話したのぞみ保育園を寺崎食品の跡地に建てるのなら、モーリスが父の勤めている会社に何か仕掛けているかもしれないと思ったのだ。

小南は「私達は過去を調べて記事にしなさいとだけ言われたけど、生々しい実態が取材出来るかも知れないわ!」そう言って張り切った。

全国各地で三人一組の編集取材をしているので、もしもモーリスの事が取材の中心だとしたら、私たちの取材は最高のスクープになると小南は思った。


美沙と木村カメラマンは、千歳製菓の横の路地にタクシーを止めて、のぞみ保育園に向かった。

早速カメラのシャッターを押す木村が「結構大きな保育園ですね!」と言った。

「五百坪程ありそうですね」と答えた美沙は、鍵のされている扉の前で「すみません!」と大きな声で呼びかけた。

少し離れた場所から美沙を見つけて、歩み寄って来たのは保育士の満里奈だった。

「何方様ですか?子供さんに用事でしょうか?」

園児の母親にしては若くて美人の美沙と、中年の木村の二人に怪訝な顔で尋ねた。

「園長先生にお目に掛りたいのですが?」と言いながら名刺を差し出す美沙。

「ウィークジャーナル?週刊誌ですよね!園長先生は外出していますけど奥様なら・・」

「お願いします」

話をしている最中に、それに気が付いた島村郁子が園舎の方から歩いて来ていた。

「どちら様でしょう?」

名刺を差し出した美沙と木村。

名刺を見て「週刊誌の記者さん?保育園の取材でしょうか?」

「いいえ、ちょっとお聞きしたいことがあって、少し向こうの寺崎食品の跡地に建設される保育園はこちらの保育園ですか?」

「えー」と驚いた島村は「まだ誰にも話していないのに、転園の話をご存じなのですか?何か問題でもございましたか?」と言って、今度は島村郁子が不安な表情になり詳しく話を聞きたいと保育園に招き入れた。


園長室に通された美沙は「率直にお尋ね致しますが、モーリスから保育園建設のお話があったのですか?」

美沙の質問に首を傾げて「モーリスって何でしょう?」全く初めて聞いた感じで聞き返す郁子。

「モーリスって会社は大阪にあって、通販とか頒布会をしている大手の会社です」

「はあ、その様な会社は全く存じませんが、保育園の移転の話は何処から聞かれましたか?」

「現場で柵を片づけていた業者に聞きました」

「そうですか、私は勿論何度も現地を確認して保育園には立地は良いと思い決断しました」

「隣にマンションが建設されたら、それ程良い場所だとは思いませんが、車も多くなるでしょうし、園児には良い環境では無い様に思いますが?」

「えー、マンションが隣に出来るのですか?聞いていないわ!公園用地になると言われたのよ!新井興産が役所の人を連れてきて、そう聞きました」驚く郁子は携帯で園長を呼び出した。


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