第21話 美沙の初仕事
56-021
「地元では名士だったけれど、お菓子と練り製品だからそれ程接点は無かったな?でも廃業した会社取材しても何も無いだろう?」
「会社では、この十年間の間に急に廃業した会社の特集記事を掲載する様なの、全国で同じ様な会社十社を選んで取材するの」
「その中のひとつが寺崎食品なのか?」
「そうなのよ!小南圓先輩とカメラマンの木村亮さんでチームを組んで明日から取材を始めるの」
「十社は全て食品会社なのか?」
「違うわ、果物関係の会社、陶器もあったわ、お酒のメーカー、園芸の会社もあったわ」
「その会社の場所は色々か?」
「北海道の農園から、陶器の会社は九州よ!名古屋はこの寺崎食品だけ!上層部の企画検討会が選別した記事だから、それなりの反響が有るのでしょう?私の様な新人記者には判らないわ」
「兎に角頑張れ!出来ることがあれば協力はするからな!」
元気の無い信紀はそれだけ言うと疲れた様子で自分の部屋に向った。
「お父さん、益々元気が無いわね」
妙子と美沙が心配そうに奥の部屋に向った信紀の背中を見送っていた。
翌日事務所で「何から手を付けますか?」美沙が小南に尋ねる。
「寺崎食品の登記簿の写ししか手元に無いから、この社長の寺崎保さんの行方を捜しましょう。取り敢えず寺崎食品の工場跡に行きましょうか」
現地に着くと朽ち果てたスレートの工場、隣には駐車場が在るが入れないように柵が張り巡らされていた。敷地は一千坪程の広さが有るように見える。
三人が柵の外から見ていると、カメラマンの木村は適当に朽ち果てた工場の撮影を始めた。
美沙は、工場の反対側に古い住宅が数軒並んでいるのを見て「近所の家に聞きに行きましょうか?」と言った。
「そうね、何か手掛かりが必要ね!」
五十歳の木村と四十歳の小南に比べると、新人の美沙のフットワークは軽く住宅を目指ざして歩き始めた。
初夏の日差しが三人を照らして、少し歩くと汗が滲む程だ。
美沙が手で太陽の光を遮りながら「日焼けしますね!」と言うと、「私達の取材はいつも大変なのよ!暑い寒いは常識よ!」と小南が微笑みながら美沙に言った。
殆どの家は不在だったが、一軒だけ年老いた女性が出て来て「何か?」と三人を見て言った。
風体から八十歳は既に過ぎている様だが、言葉は比較的しっかりしている。
「お婆さん!この寺崎食品さんって何故倒産したのかご存知ですか?」
「当時は毎日沢山の車がこの家の前を走って品物を運んでいてね、繁盛していたのにね」
「社長さんの寺崎保さんは?」
「保さんは亡くなられたよ!もう三年以上も前だね」
「それで会社が立ち行かなくなったのですか?」
「その少し前から急に仕事がなくなったようで、従業員もパートさんも大勢辞めたのよ!」
「寺崎さんの自宅は?ご家族の方はどうされているのかご存知ですか?」
「自宅には息子さんが一人いらっしゃったが、今は違う人が住んでいるよ。何処に行ったのかまでは知らないよ。勤めていた従業員さんに尋ねた方が私より知っていらっしゃるでしょう」
「と、言われても従業員の方は・・・」
「小南先輩!父が、自分の勤める会社に元寺崎食品の従業員さんが働いていると言っていました。父に聞いてみます!」
その後お婆さんに聞いた寺崎食品の社長の自宅に向ってみたが、お婆さんの言う通り既に表札の名前に変わっていて、住人の方は息子の消息は全く知らないと言った。
社長の寺崎保が病気で亡くなったことが分かったが、倒産の理由は何か別の理由が有る様な気がしていた。
数日後、再び三人が寺崎食品の工場跡に行くと、柵を取り払う業者が数人来ていて、梶谷不動産の看板が設置されていた。作業員に尋ねるとこの駐車場には保育園、工場跡地にはマンションが建設される事がわかった。
「この土地は元々寺崎さんの物でしょう?」
「寺崎って誰だ?保育園は島村さんって方で、マンションはそのまま梶谷不動産が建設しますよ」
「梶谷不動産ってこの近くなの?」
「大阪ですよ」
「遠い不動産屋が土地を持っているのですね」
作業員は、それには答えず作業を続けた。
夕方に三人は、父の紹介で元寺崎食品のパートだった二人に会う事になっていた。
五十歳過ぎの吉本多恵と町田静代は、待ち合わせの千歳製菓近くに在る喫茶店に四時過ぎに来た。
「いつも、父がお世話になっています」とお辞儀をする美沙を見て「主任さんにこんなに綺麗なお嬢さんがいらしたの?」驚いて顔を見つめる二人。
小南と木村が自己紹介すると早速質問を始める小南圓。
「寺崎食品の倒産理由をご存知ですか?」
「社長のお父さんが病気になって入院したのを切っ掛けに、一気に坂道を転げるように仕事がなくなっていきました」
「寺崎さんの家族構成は?」
「お爺さん、社長さん、奥さん、息子さんの四人家族だったと思いますよ」
「社長が病気なら判りますが、お爺さんの病気で?」
「会社は忙しくて、家族総出で働いていましたから、お爺さんが病気になられて看病もあり二人が抜けたのは大きな痛手だったようです」
「高校生の息子さんも時々手伝われていましたね」
「それ程忙しいのなら、人をもっと雇えば良いのでは?」
「それが、社長さん一定の人しか雇わないのですよ」
「違うわ!雇えないと聞いたわ」町田が横から口を挟んだ。
「そのお爺さんは?」
「亡くなられましたね、そして一気に仕事が減り、その後社長は奥さんとも離婚されたようです!」
「何処の仕事を主にされていたのですか?」
「今の私達と同じですよ!だから因果を感じているのですよ」
「今の仕事と同じ?練り製品でしょう?」美沙が不思議そうに尋ねた。
「いいえ、販売先が同じモーリスだったのですよ!」
その言葉に美沙の顔色が変わった。
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