第20話   信頼?

  56-020

宮代会長は京極社長に対して、五十パーセント所有している自分と妻の増資分の半分を社長と専務で引き受けてくれないか打診した。

五十パーセント所有に対しては、約三千五百万程度必要になる。

だが、社長も専務も自分の増資の分でも四苦八苦になる金額だった。

モーリスは既に名新信用金庫に引き受けさせる段取りを画策していた。


数日後、京極社長の元に、名新信用の理事と香取支店長が訪問して「御社で増資の話が有るとお聞きしたのですが?」そう切り出した。

「早耳ですね!実は大手通販のモーリスと今後大規模な取引を始めますので、資本の増強が必要になったのです」

「実は本日寄せて頂いたのは、当信用金庫も増資を引き受けさせて頂きたいと思いまして!」

「宮代会長からお聞きになったのですか?」

「は、それは想像にお任せ致します!」と答えた。京極社長は宮代会長が手を廻したと解釈した。


数週間後、モーリスが五パーセントの株主、名新信用金庫が十二パーセントの株主に入り、神崎工場長が二パーセント、赤城信紀が一パーセント、京極社長と妻貴代子が二十パーセント、酒田専務と妻貴美子が二十パーセント、宮代会長と妻佳枝が四十パーセントに配分されて増資の手続きに入った。


「お母さん!七十万も出資したの?」その話を聞いて驚く美沙。

「宮代会長か奥様が亡くなったら、その株の行方で混乱する様な気がするな」信紀が書類を見ながら話した。

「部外者が株主になったのは初めてでしょう?」

「そうだな!いつの間にか名新信用金庫が会社に食い込んでいるのが、気になるけれどな」

「もしもよ、モーリスと名新信用金庫が繋がっていたら、合わせて十七パーセントの株主でしょう?社長と専務派に別れたら会社の行方は判らなくなるわね」

「そうか、気が付かなかったが、どちらに行っても三十七パーセントだな」

「そうよ!会長の持ち株次第では過半数になってしまうわよ!」

「繋がっていない事を祈るよ!」信紀は美沙の指摘した事が現実になる様な不吉な胸騒ぎを感じていた。


二〇〇四年の春、美沙は大学を卒業してウィークジャーナル名古屋支店に就職した。

本社は東京で名古屋と大阪に支店が在り、福岡と札幌に営業所が在る。


美沙の就職と入れ替わる様に元気が無くなった信紀。

工場内の仕事が体質に合わないのは以前から判っていたが、精神的な疲れが肉体にも波及した様に見える。

四月の半ば、いよいよ京極社長は隣ののぞみ保育園買収のタイムリミットを迎えて、モーリス本社に息子晃常務と訪問して、買収資金の融資をお願いしていた。

「御社にも当社の株主になって頂きたいが、五パーセントをお願いすると大変な金額なので、一応千株程度お持ち頂いて関係強化の証しにしたいと思います」

「千株ですか?御社の株価はお幾らでしょうか?」

「昨日の終値で四千五百円丁度ですから、四百五十万になりますね」

「は、はい!」声が詰まる京極社長。

既にこの一月から支払いサイトは六十日になっている。取引先では最長だ。

「それから、頒布会が始まると支払いサイトを百二十日にして頂きたい。お客様に便宜をして差上げる関係でその様になります」

「えっ、今の倍ですか?それは当社でも例が無いのですが」

「今回の頒布会は玉露堂さんとの共同企画ですが、次の企画からは御社独自で企画をして頂きますので、売上げが共同企画の三倍になると思って頂きたい」

「三倍ですか?でも百二十日は・・・」

「お受けされない場合は、東北の菓子メーカー千成物産に代わっていただきますよ!」

「えっ、千成物産とお取引が?」

「最近専務さんが来訪されていますよ。一応は千歳製菓さんがあるのでお断りをしているのですよ!」村井課長は適当な話をして追い込む。

「社長!ここはお受けしなければなりません!千成物産はライバルですから、モーリスさんのご好意をお受けしましょう」晃が口を挟む。

すると今度は村井課長が「当社の松永部長が保育園買収費用と、工場拡張の費用で三億程準備していると聞いています」

「えっ、三億!」声が裏返る京極社長。

「あの金利は幾らでしょうか?」

「金利はゼロでも良いのですが、それでは変な事になりますからコンマ五程度頂き、均等五十年では如何でしょう?」

「えっ、そんな優遇をして頂けるのですか?」

「保育園移転と建設費で一億五千万程度、自社の工場拡張工事と設備等で一億五千万程度だと考えています」

「充分です!唯保育園の代替え用地が・・・」

「大丈夫です!当社の関係先の工場が丁度空き地になりましたので、その跡地に移転して頂ければ理想です」

「えっ、その様な空き工場が在るのですか?」

「はい、三年以上空きの状態ですから、直ぐに取り壊して工事に着手出来ます」

「何から何までありがとうございます」

二人は平身低頭で村井課長を拝む様に帰って行った。


数日後の赤城家で美沙が「初仕事を頂いたのよ!」と嬉しそうに話した。

五月の中旬から三人のチームで取材を行うと言った。

「美沙の初仕事は何処で?」

「お父さんの会社の一キロ程向こうに食品工場が在るのよ。違うわ、在ったのよ」

「食品工場?何を製造していたのだ?」

「練り製品かな?」

「寺崎食品か?」

「それそれ、そこの取材よ!」

「うちの工場にも寺崎に勤めていた人が働いているよ」

「お父さん!寺崎食品さんのことよく知っているの?」急に身を乗り出す美沙。


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