第19話   増資

 56-019

京極社長は息子晃の初めての商談で、融資若しくは出資を引き出した営業能力を褒め称えた。

褒め称えられた事で晃は益々調子に乗って、部下達に早急にアイテムの削減、取引の停止を進める様に指示した。

山下は小諸社長から、今のアイテムが無くなったら介護、老人ホームの人達が困るので存続させて欲しいとの手紙を預かっていたが、京極課長は問答無用で取引停止の通達を出した。

大小合わせて三十社以上との取引を年内に終了させる事を決めた。

これで年末には売上げの八割がJST商事のテーマパークとモーリス向けの商品になる。


信紀の自宅では「工場はアヒルと鼠の山だよ!」

「お父さん!工場内の仕事を初めてから元気が無いわね!」

「元々営業の仕事だったから、工場内の仕事は不向きだって判っていたからな!でも他にこの五十歳の男を雇う会社は無いからな!」


「来年四月から私も働くから、営業が出来る会社に代わったら?お父さんの疲れた顔見るのは辛いわ」美沙にも言われる程、疲れた様子の信紀。


夏を過ぎた頃、営業の山下から赤城は転職の相談を受けた。

毎日京極課長に偉そうに指示されることが気に入らないのと、取引先の整理の話が大半で本来の営業の仕事は殆ど無く、全く仕事をしている気がしないというのが理由だった。

赤城は自分も同じ心境だったので、とても山下に我慢をして仕事を続けなさいとは言えなかった。

九月上旬のほぼ同じ時に山下ともう一人の営業社員が、辞表を提出して千歳製菓を去って行った。


京極社長は息子の晃課長を常務に昇格させJST商事の担当も晃に委ねて、酒田専務には製造と用地買収、工場拡張の重責を受け持って貰う事に一方的に決めてしまった。

二人の営業が抜けた穴は臨時採用の募集を行って補おうとした。

宮代会長は週に一度だけ顔を見せて、仕事には一切口出しはせず旅行と趣味の盆栽に殆どの時間を使っていた。

京極社長には、モーリスからの出資話が有るので、宮代会長の財産を宛てにする必要が無い。それで殆ど宮下に相談することは無く、業務報告を簡単にするだけになっていた。


再来年の正月からの頒布会スタートの為の打ち合わせが始まったのは、肌寒くなり始めた十月半ばだった。

モーリスの仲介で京極常務と玉露堂の社長富田が、モーリス社で初めて会った。

元気の良い京極常務とは対照的な村井課長の話に頷くだけの富田社長。

村井課長の作成した提案書では、七対三位で圧倒的に玉露堂のお茶が多く、饅頭はお茶の添え物的な扱いだった。

だが、喋るのは圧倒的に京極常務だった。商談の最中に京極は殆ど喋らない富田社長の様子に異常な雰囲気を感じていた。

翌日、社長に玉露堂の富田社長の様子を報告すると、京極社長は笑って「晃!玉露堂さんは何度もモーリスの頒布会を経験していて、聞く必要が無いからだ」と自分にも納得させるように言った。


夕方、モーリスの松永部長が京極社長に、今後御社と関係を強化する為にも出資をさせて頂きたいと申し出があった。

増資で資本の増強をお願いしたいと言われたのだ。

現在千歳製菓は資本金三千万円で、それを一億円に増資して経営基盤を強くして欲しいとの依頼だった。

モーリスに七千万の出資をされると、千歳製菓はモーリスの子会社になってしまう。

松永部長は七千万の融資ではなく自社としては五パーセント未満の出資でお願いしたいので、御社の方で増資をお願いしますと言う内容だ。

これを断ると関係悪化を招くので、頒布会が始まる前には増資すると答えたが、年内の増資が決まらなければ上層部に頒布会を承認して貰えないと強気に出る松永部長だった。


一週間後、赤城主任の自宅に会社から手紙が届いた。

「これは?何?」恐る恐る手紙を食卓のテーブルに置いた妙子。

「また、降格か?次は平社員だな!」信紀も顔が緊張している。

「お父さん、会社では何も言われて無いのでしょう?」美沙も驚いて聞いた。

「だから、恐いのよ!行きなり解雇!」

「まさか!とにかく開けてみて!」

封筒を開いて文章を見る妙子が「増資のお知らせって、えー七十万も?」

「増資って何だ?」信紀が横から手紙を取り上げる。

「昔株主になって欲しいと頼まれて三十万出したのだよ!断ればその株を会社が引き受けるとある」

「大金よね!当時の三十万って!」

「出したと言うより、賞与の代わりだと言われて株券を貰った。配当が年に一度給与に足されているだろう?あれだよ!」

「五千円程貰っているわね!結婚した時からだわ」

「一億に資本金を増やすので、三千万の時に一パーセントの株主だから同割合となると七十万を加えて百万か」

「株主って大勢いるの?」

「経営陣以外は殆どいないと思う!その時分宮下会長は、株主はもっと頑張れと言っていたね。確かその時は、京極社長は株を持っていなかったので嫌味で言っていたと思う!お父さんの方が社歴は長いからな!」

「株主は当時の社員と、宮代家の人で持っていたと思うな!だから京極社長も酒田専務も持たれてないよ」

「でも何故?急に増資になったの?またモーリス?」

「宮代会長と奥様、京極貴代子さん、酒田貴美子さん?他には?」

「神崎工場長も多分持っていると思う、退社した者で株を持っていたら誰かが買い取ったと思うな!ここにも増資に対応出来ない場合は買い取るって書かれている」

「お父さん!これは絶対にモーリスが絡んでいるわね!」

「七十万払うか、手放すか?難しいわね!今の七十万は大金ですからね」妙子が困った顔をする。

「殆ど四人が持たれているのでしょう?」

「その四人だけでは七千万の増資は無理だろう。いくら宮代会長でも七千万の現金は大変だろうな」

モーリスが揺さぶりをかけた増資に失敗すれば紙くずになる事を宮代会長が一番知っていた。


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