#109 勇者の選択

「さあ、選べ。命か金か。お前が選んだ方をくれてやろう」

「ショウ!」

「…………」


 状況を整理しよう。

 俺は勇者。そう、勇者だ。魔王を討伐するべく旅に出た勇者。

 そして今いるのは、その倒すべき魔王の広間。玉座に座る魔王は暗黒の力を持って俺たちを滅ぼそうとしている。その力は圧倒的で、倒す術は一つしかない。

 この手に持つ聖剣の一振り。

 たったの一振りで魔王は確実に倒せる。

 だがそれは魔王もわかっていること。対策をしていないはずがない。

 四天王との戦いで仲間の大半が戦闘不能に追い込まれた。玉座にたどり着いたのは俺と術師の『マリィ』だけ。

 そしてそのマリィが人質に取られてしまった。

 大木のように太い魔王の手が、華奢なマリィの体を今にも握りつぶそうとしている。


「何を迷っている……簡単な選択ではないか。仲間か金か、それだけのこと」

「だめ! ショウ、魔王の言葉に耳を向けないで!!」


 魔王は俺に選択肢を与えてきた。

『金』か『仲間』か。

 どうやら魔王はマリィのことが好きになってしまったらしい。花嫁にするつもりらしく、マリィのことは決して傷つけなかった。

『金』を選べばマリィが奪われる代わりに世界が平和となる。この先に流れる血は一滴もなく、世界中の人々が魔王に恐れ、生贄や食物を貢ぐ必要がなくなる。

 魔王はマリィと共に世界の片隅で暮らす。そう言っているのだ。

 争いがなく世界が平和になる。

 マリィの犠牲によって。

 だがマリィを選べば、マリィは助かる。しかし、魔王はその力を持って世界を破壊する。愛する人と一緒になれない世界なんて、破壊するしかない、ということだ。

 

「ショウ! 私は大丈夫だから! 私の犠牲で世界が守れるなら! 迷わないで!!」

「ほう……自ら我の元へ来るか。その献身的な心、ますます惚れてしまった……やはり貴様は、我の伴侶にふさわしい!」


 魔王の力は絶大だ。

 俺一人で、この聖剣で攻撃できる光景が思い浮かばない。

 ……なら、こうするしかないだろう。


「……なあ魔王。確認だ。俺が『金』を選んだ場合、本当に世界から手を引くのか」


 ニヤリと魔王が笑った気がした。


「もちろんだ。我の言葉に嘘はない。貴様が金を選んだ時、我は世界を捨てる。滅ぼす必要がないからな。では金で良いか」

「まだだ。確認だと言ったはずだ。これも確認だ。『金』を選択した場合、具体的な金額は?」

「ほほう、やはり勇者とはいえ『金』には目がないか。こんな奴は勇者とは、貴様も絶望しただろう……? 所詮金に目がない男だったというわけだ。金のためなら平気で仲間を売る」

「だから、確認だと言っている。それで? どうなんだ?」

「フッ。もちろん貴様の望む額を渡そう。貴様は世界を守り、だが一人大切な仲間を失うのだ。村人から非難の嵐を受けるだろう。そんな貴様に向けた、我なりのせめてもの慰めだ。貴様が望むものがなんでも買えるほどの金額を渡そう」

「なんでも買えるのか」

「ああ。我の世界は金で買えないものはない。金さえあればどんなものでも、正当な価格で取引される。そしてこのルールはすでに世界に定義させた。我が世界から手を引いたところで消えはしない。ゆえに、貴様は望む金額を手にいれ、望む買い物ができるようになる。余生を生きるには、十分だろう?」

「そうか……」


 それを聞いて腹が決まった。

 俺が選ぶのはこれしかない。


「なら、俺は『金』を選ぶ」


 俺は宣言した。

 その瞬間、一瞬、ほんの一瞬だけマリィが悲しそうな顔をしたのを見逃さなかった。


「ふふふ」


 魔王は、大声で笑い始める。 

 滑稽だと、これが人間だと、これが醜い人間の美しさだと。


「よかろう! ではこの娘は我がいただく」

「待てよ」

「なんだ? 金か? すぐに用意する。待っていろ」

「待つさ。けど、同時に一つ目の買い物を済ませておきたい」

「なんだと?」

「魔王。俺はお前から得た金でそいつを


 俺はマリィを指差して言った。


「…………………………何?」


 魔王は唖然としていた。

 当たり前の反応だ。マリィも俺が何を言っているのかわからないといった表情をしている。


「だから、俺がマリィを買うって言ってんだよ。お前から貰える金で」

「貴様、正気か? 貴様が金を選んだ時点でこいつは我の花嫁となったのだぞ! それを、それを貴様!」

「だから、その花嫁をって言ってんだよ。聞いたぞ? 魔王様の世界ではいかなるものであっても、金を払えば買えるんだろ? だから、買うって言ってんだ。そっちのルール通りだ」

「そうではなくてだな!」

「それに! あんたが言ったんだぜ? 『我の言葉に嘘はない』『お前が望むものが買えるほどの金額を渡そう』ってな。金を払えば買えないものはない世界なんだろ? そして俺が望むものが買えるほどの金額をくれるんだろ? ならよこせよ! 買わせろよ!!」


 魔王が、いやマリィまでもが唖然としている。

 ま、そっちから見れば仲間を金で買おうとしているクズに見えるもんな。

 だけど、それでいい。それでいいんだ。


「ほらよ! 俺は金を選んだ。だからお前は世界から手を引く! そしてそいつは俺が金で買う! 何も問題がない! 不備もない!! 正当な買い物だ!!」

「どこが正当だ!! そんなもの許されるはずがないだろ!!」

「はあ!? 魔王様、あんた自分の言葉に嘘はなかったんじゃねえのかよ!!」

「貴様それでも勇者か!!」

「勇者なんて知るか! 他人が勝手にそう言ってるだけ! 俺は人間なんだよ!!」

「き、貴様……」

「さあ! 買い物だ!」


 グググ、と唸っている魔王の声が聞こえる。

 俺はダンっ! と一歩前に出る。


「さあ! 魔王様! 俺に買い物をさせろ!!」

「ぐ……」


 もう一歩。

 さらに一歩。


「いや……いややはり貴様──」

「ごちゃごちゃうるせえ! いいから買わせろ!!」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!!」


 こうして、俺は魔王からマリィを買った。

 そして世界も守った。

 けれど、マリィの俺への態度が激変した。




 結局、世界を救った勇者はひとりぼっちとなりましたとさ。

 めでたしめでたし。

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