第10話 魔女の正体

【魔獣視点】

「わんわん、くしゅぐったいよ~っ!」


 いつものように、大好きな青い目の顔をペロペロしていた時のことだ。

 どこからか「何か」を感じた。

 目に見えない、何か分からない不思議な力。


「わぅん?」


 一度、気になり出すと、そればかり気になって仕方がない。

 それがなんなのか、正体を知りたい。

 青い目の腕から、体をひねって飛び降り……着地失敗。

 おなかを強く打った、痛いっ!


「きゃんっ!」

「わんわんっ! だいじょうぶっ?」

「くぅ~んくぅ~ん……っ!」


 ゴロゴロと転がって、痛みにもがく。

 青い目がしゃがんで、ジンジンと痛むおなかをでてくれる。


「よしよし、いたいのいたいの、とんでけ~っ!」


 青い目はこういう時、いつも同じ言葉を唱える。

 なんだか分からないけど、温かい手が気持ち好くて痛みが和らぐ。

 いやいや、痛がっている場合じゃない。

 さっきから感じている「何か」を、突き止めるんだ。

 跳ねるように起き上がり、「何か」に向かって突進する。


「わんっ!」

「なぁに? どしたの?」


 青い目も、後ろからついて来る。

「何か」を見つけたら、青い目に見せてやるんだ。

 そんで「良く見つけたねっ!」って、褒めてもらうんだ。

 いくつも積まれた物を前足で掻き分け、「何か」を探す。

 物がどんどん崩れていくのが、穴掘りみたいで楽しい。


「もぉおおお~っ、わんわん! ちらかしちゃ、だめでしょっ!」


 青い目が怒ってるけど、今は探すのに夢中なんだ。

 見つけるまで、諦めないぞ。

 しばらく掘り続けると、ようやく目当ての物を見つけた。


「わんっ!」


 見つけた! これだっ!

 でも、なんだこれ?

 丸い白い板に、大きな穴がふたつ開いている。

 その穴をふさぐように、き通った赤い石がハメ込まれている。

 その赤い石から、何かの強い力を感じる。

 いでみると、赤い目のにおいがする。

 ってことは、赤い目の物かな?

 青い目は赤い目が好きだから、これも好きなはず。

 青い目の喜ぶ顔が見たい。

 白い板をくわえて、引っ張り出す。

 咥えたまま、青い目の元へ戻る。

 青い目が不思議そうに、首を傾げる。


「なに、みつけたの?」


 しっぽを振り振りしながら、咥えたものを青い目に差し出す。

 青い目はそれを受け取って、ハッとする。


「これ……まじょの……」 


 見る見るうちに青い目の顔が引きつり、青白くなっていく。

 青い目の体が、小刻こきざみに震えている。

 あれ? なんかおかしい。

 もしかして、ヤバいもん見つけた?


 慌てた様子で赤い目がやって来て、青い目からそれを取り上げた。

 赤い目は怒りの表情で、こちらをにらんでくる。


「ワンコ、てめぇ……せっかく隠しといたのに、よくも見つけやがったな……」

「きゃぅんっ!」


 すごむ低い声と、今まで感じたことのない殺気。

 ヤバい……これはマズい。

 めっちゃ怒ってる。

 赤い目のこんな恐ろしい顔、初めて見た。

 どうやら、見つけてはいけないものを見つけてしまったようだ。

 後ろの足の間にしっぽを巻き込み、青い目の足にしがみつく。


「きゅ~んきゅ~ん……」


 ごめんなさい、すみません、どうか許して下さい……。


 🌞


【アーロン視点】

 人間にとって魔女は邪悪な存在であり、魔の者は人間の敵。

魔女狩まじょがり」と、しょうして襲ってきた人間どもは、全員ぶっ殺してやった。

 殺さなければ、殺されていた。

 オレの手は、多くの人間の血でよごれている。

 でも、フェリックスには、オレが魔女だとは知られたくなかった。

 今でも、人間を心底憎悪しんそこぞうおしている。

 同じ人間でも、フェリックスだけは愛している。


 何より、最愛の我が子に嫌われたくなかった。

 だから、魔女の仮面は隠しておいたのに。

 まさか、ワンコに見つけられるとは。

 子どもこっこだと思って、めてたわ。

 ワンコの嗅覚きゅうかくか。

 それとも魔の者の探知能力たんちのうりょくか。

 どちらにせよ、あとの祭り。


 フェリックスは初めて会った時と同じ、おびえ切った表情をしている。

 また、この顔を見ることになろうとは。


「おにぃしゃんが、まじょ……?」

「そうだ、オレが魔女だ」


 ああ、終わった。

 知られたからには、もう今まで通りにはいかない。

 フェリックスに、嫌われた。

 その事実じじつに、胸が張り裂けそうだ。


 こんなおさな子どもわらすが、これからどうやってひとりで生きていくのか。

 出会った頃のように、栄養失調えいようしっちょう野垂のたにするかもしれない。

 だったらいっそのこと、オレの手で殺してやるべきか。

 苦しまないように、一瞬で息のを止めてやる。


 絶望に打ちひしがれながら、仮面を着ける。

 フェリックスの死を、直視ちょくししたくなかったから。

 短い間だったけど、お前と過ごした日々は充実じゅうじつしていた。

 お前がいてくれるだけで、幸せだった。

 ありがとう、さようなら。


 今まで散々さんざん人間を殺してきたというのに、手がふるえる。

 最期さいごに、フェリックスの頭をでてやる。

 すると、驚いたことにフェリックスはニッコリと笑った。


「おにぃしゃんがまじょでも、ボクはだいしゅきだよ」

「……え」


 きょを突かれた。

 今、オレは、お前を殺そうとしていたのに……。


「お前、オレが怖くねぇの?」

「うんとね……そのおめんはこわいの。でも、おにいしゃんはこわくないよ。だって、おにいしゃんは、とってもいいひとだもん」

「オレは、良い人なんかじゃ……」


 そっか、仮面におびえていたのか。

 見る者に恐怖を覚えさせる為に、わざと怖く作ったんだし。

 仮面を外すと、フェリックスは嬉しそうに、オレの足にしがみついてくる。


「こわがっちゃって、ごめんなさい! ボク、おにいしゃんがだいしゅきでしゅっ!」

「あ~もぉ~っ、めっちゃかわいいなまらめんこいなぁ、お前~! オレもフェリックスが、大好きだよっ!」


 愛おしくなって抱き上げると、フェリックスはきゃっきゃと喜んだ。

 フェリックスは可愛いしぐさで、一生懸命語いっしょうけんめいかたり出す。


「あのね、おにいしゃんはね、いっぱいだっこしてくれて、いっぱいなでてくれて、おいしいものくれて、おなまえつけてくれて、いっぱいいっぱいやさしくしてくれるから、だいすききっ!」

「それは、フェリックスが良い子だからよ」


 頭を撫でてやると、フェリックスが気持ち良さそうに目を細める。


「ぼく、もっといいこになりましゅ」

「お前はもう充分すぎるぐらい、良い子ちゃんだべや」


 これ以上、良い子になる必要はねぇべ。

 逆に、もっとワガママでも良いのに。

 これも、毒親どくおや洗脳せんのうに違いない。

 きっと、良い子であることを強要きょうようされたんだ。

 フェリックスは、愛されたい一心いっしん


 どれだけ、屈服くっぷく(力に恐れ、従う)させられていたのか。

 早く、毒親どくおや洗脳せんのういてやりたい。

 大人の目におびえながら、必要以上に良い子にならなくていい。

 もっと自分らしく、素直になって良いんだよ、フェリックス。


 🌞


【フェリックス視点】

「森に住む魔女は、邪悪」

「その姿を見た者は、殺されてしまう」

「だから、森へ近付いてはならない」


 街の人々は、みんなそう言っていた。

 ママが読んでくれた絵本にも、魔女の絵が描いてあった。

 絵本の魔女は、真っ赤なローブを着ていて、怖いおめんを着けていた。

 初めて魔女と会った時、絵本と同じ格好でスゴく怖かった。

「ボクも、殺されちゃうんだ」って、思った。

 でも、魔女はボクを殺さなかった。

 街へ戻る道も、教えてくれた。

 みんなの話や絵本とは、全然違った。

 無能力の子のボクを、拾ってくれた。

 ボクなんかに優しくしてくれる、とっても良い人だった。


 わんわんが、魔女のおめんを見つけた時は、スゴくビックリした。

 大好きなお兄さんが、魔女だったなんて。

 おめんを取り上げたお兄さんは、怒っていた。

 ボクが無能力の子と知った後のパパとママと、同じ顔だった。

 怖くて怖くて「ごめんなさい」って、謝ろうと思った。

 でもすぐにお兄さんの顔が、とっても悲しそうな顔に変わった。

 ボクが怖がったから、嫌いになったと思ったんだ。

 そうだよね、誰だって嫌わられたら悲しいもんね。

 お兄さんは「邪悪な魔女」って、みんなから嫌われている。

 ボクも「無能力の子」って、みんなから嫌われている。

 ボクとお兄さんは、同じ。


 魔女を怖がったことが、スゴく悪いことに思えた。

 だってお兄さんは、とっても優しい良い人なんだもん。

 街のみんなは昔話を信じてて、本当のことを知らない。

 ボクだけが、魔女はとっても優しいって知っている。

 だったら、ボクはお兄さんを嫌わない。

 これからも、大好きだからね。

 もっともっと良い子になるから、お兄さんもボクを嫌わないで。

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