第11話 無能力の子

【アーロン視点】

「たっだいま~っ」


 キースがやたらテンション高く、家へ入ってきやがった。

「ただいま」って、何よ?

 ここは、てめぇの家じゃねぇべや。

 コイツ、マジでここに住む気かよ。

 オレは「し~っ」と、口の前に人差し指を一本立て、小声で注意する。


「おい、フェリックスとワンコが寝てんだから、静かにしろや」

「え~……もう寝ちゃったの~? せっかく、お土産買ってきたのにぃ~……」


 キースも声をひそめて、残念そうにしょげた。

 見れば、たくさんの袋をげている。

 どうやらフェリックスの為に、オモチャや服をしこたま買ってきたらしい。

 フェリックスの喜ぶ顔を、楽しみにしてたんだろう。

 だが、残念ながら遅すぎた。

 子どもわらすは、もう寝る時間だ。

 風呂に入れささって、飯食わしてやったら、寝落ちしちまった。


 幼児って、なんでいきなり電池切でんちぎれ起こして、強制終了きょうせいしゅうりょうすんの?

 初めて電池切れを見た時は、倒れたと思って、めっちゃビビり散らかしたわ。

 フェリックスは、ワンコと仲良く寄りって眠っている。

 ワンコとフェリックスの寝顔は、まさに天使そのもの。

 キースもふたりの寝顔をながめて、デレッデレになっている。


「うわぁ~、めっちゃ可愛い~。いや効果抜群こうかばつぐんで、疲れも吹っ飛ぶわ」

「マジ可愛すぎて、ずっと見ていられるのよね」


 うちらはしばらく、ふたりの可愛い寝顔をニヨニヨしながら見つめ続けた。


「あ、そうだ。コイツらが寝てる間に、話したいことがあるんだけど」


 キースが急に、神妙しんみょう面持おももちになり、低い声で言った。


「何よ? フェリックスに聞かれちゃ、マズい話?」

「うん。たぶん、マズい話」

「分かった、向こうで聞くわ」


 オレは、フェリックスが眠っている寝室の扉を、そっと閉めた。

 うちらは居間へ移動し、長い話になりそうだと思って、自家製じかせい野草茶やそうちゃれる。

 野草茶やそうちゃは、簡単に出来る。

 んだ野草を、風通かぜとおしが良い場所でカラカラになるまで干すだけ。

 飲み方は普通のお茶と同じで、茶葉を急須きゅうすに入れてお湯を注ぐだけ。

 季節によって色んな野草があるから、飲み比べたりブレンドしたりして楽しむ。

 ただし、野草と毒草は見分けるのが難しいから、くれぐれも素人判断しろうとはんだんで摘まないように。

 実際に、素人が山菜採さんさいとりをして、毒草や毒キノコをあやまって食べて中毒を起こす事故が多発している。

 オレは、生まれた頃からこの森で生きているから、野草と毒草の見分け方は熟知じゅくちしている。

 それはさておき、香り高い野草茶やそうちゃをカップに注ぎ、キースの前に置く。


「ほい」

「ありがとう。うん、やっぱ、お前の野草茶やそうちゃ美味うまいな」


 キースは、野草茶やそうちゃすすって笑った。

 オレも、野草茶をひとくち。

 よし、今回のも良い出来だ。

 おっと、のんびり野草茶やそうちゃを味わってる場合じゃなかった。


「で? 話って、何よ?」

「今日な、人間の街で、フェリックスの噂を聞いて来たんだ」

「フェリックスの噂?」


 キースは、憎々しげに語り始めた。


「フェリックスはな、元々『フェリックス』って名前だったんだよ。フェリックスは、『奇跡きせきの力』を持っていなかったせいで、『無能力の子』と呼ばれて、きらわれたんだと。そんで、街から追放ついほうされた無能力の子は、森の魔女にわれて死んだんだってさ」

「つまり、(不吉な子)だから、捨てられたのか」

「奇跡の力を持っていなかっただけで、忌み嫌うってワケ分かんねぇしさ。あんな可愛い子の存在を、『なかったことにする』ってのも、頭おかしいしよな」

「いくら腹減ってても、オレが人間なんかうワケねぇべや」

「だよなぁ。人間は、何がなんでも、魔女を邪悪じゃあくな存在にしたいみたいだぜ」

「なんか人間って、知れば知るほど嫌いになるわ」


 うちらはうんざりと、顔を見合わせた。

 オレは野草茶やそうちゃすすって、ニヤリと笑う。


「でも、良いこと教えてもらったわ」

「良いこと?」

「フェリックスは、完全にうちらのもんになったってことよ」

「そうか! 『なかったことにした』んだから、うばい返しにも来ねぇもんなっ!」


 キースは顔を明るくして、大きくうなづいた。

 奇跡の力を使えなくたって、オレは人間どもみたいにフェリックスを嫌ったり捨てたりしない。

 オレにとっては、フェリックスの存在が奇跡そのものだからな。

 人間どもがいらねぇっつぅんなら、フェリックスはオレのもんだ。

 人間の街へ戻ったら、フェリックスは絶対不幸になる。

 もう二度と、人間の元には返さない。

 この森で一生、うちらと幸せに暮せば良い。

 めいっぱい愛してやるから、一緒に幸せになろうな。


 🌞


【フェリックス視点】

「フェリックス、お土産みやげだぞ! 開けてみろっ!」


 キースさんが、おっきな袋をボクにくれた。

 何が入っているのか、袋はおっきくって重たい。

 袋を開けると、中には大きな箱が入っていた。

 箱には、見たことのないものが描いてある。

 箱を開けようとしたけど、なんでか開けられない。

 何度もつめでカリカリ引っいていると、お兄さんが小さく笑う。


「開けらんねぇの?」

「……ごめんなしゃい」

「謝んなくて良いから、オレに貸してみ? 開けてやる」

「うん」


 箱を差し出すと、お兄さんは重たい箱をヒョイと持ち上げた。

 見ていると、お兄さんは簡単そうにすぐ箱を開けた。


「ほら、開いたぞ」

「わぁっ、おにいしゃん、しゅごい! あぃがとぉっ!」

「こんくらい、スゴくねぇよ」


 ボクが手を叩くと、お兄さんはニコニコ笑いながら、中身を取り出してくれた。

 不思議な形をした黒いものを、ボクの目の前に置いてくれた。


「これ、なぁに?」

「これはな、『ピアノ』ってんだ。こうやって叩くと、音が出るんだぜ」


 キースさんが、四角くて白いものと黒いものを、指で押した。

 ポロンポロンと、色んな音が鳴った。

 スゴくビックリして、なんだかワクワクしてドキドキする。


「わっ? すごいっ!」

「お前もやってみ?」

「うんっ」


 おそる恐る、人差し指で押すと、またポロンポロンって音がする。

 右に行くほど音が高くなって、左に行くほど音が低くなる。

 触る場所によって、音が違うのが楽しい。


「ピアノって、おもしろいねっ!」

「そうか、面白いか。それ、お前のだから、好きなだけ遊んで良いんだぞ」

「あぃがとぉ、キースしゃんっ!」

「どういたしまして。フェリックスが喜んでくれて、俺も嬉しいよ」


 キースさんは嬉しそうな笑顔で、頭をわしゃわしゃ撫でてくれた。

 こんなスゴいものが、ボクのものだなんて良いのかな?

 嬉しくて楽しくて、何度もピアノを叩く。

 なんて、幸せなんだろう。


 お兄さんもキースさんも、とっても優しくて良い人。

 どうしてボクなんかに、こんなに優しくしてくれるんだろう?

 きっとお兄さんとキースさんは、ボクが無能力の子だって知らないんだ。

 だから、優しくしてくれるんだ。

 でも、きっといつか無能力の子だと気付くはず。

 そしたら、ふたりともボクを嫌いになる。

 嫌われたら、また捨てられる。

 また嫌われるのが怖い。

 嫌われても、仕方がないよね。

 だって、ボクは無能力の子だから。

 出来たらもう少しだけ、知らないままでいてくれるといいな。

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