第9話 遺伝子突然変異個体

【キース視点】

 今日は、情報共有じょうほうきょうゆう報告会ほうこくかい

 あぶらギッシュなオッサンたちが、会議室に集まっている。

 ご丁寧ていねいにも、ひとり一部ずつ資料が配られて、担当の役員が資料を読み上げるだけ。

 わざわざ、集まる必要あるのかね?

 俺の執務室しつむしつに置いといてくれれば、き時間に勝手に読むよ。

 頭のおかたいオッサンたちは、なんで集まりたがるのかねぇ。

 直接会って仲良しこよしでキャッキャウフフしたいって、お年頃でもないでしょ?

 え? もしかして、いい年こいたオッサン同士でキャッキャウフフしたいの?

 ドン引きなんだけど。

 俺はハゲ散らかったあぶらギッシュなオッサンたちと、話すことなんて何もない。

 こんな時間があったら、フェリックスをでてる方がよっぽど有意義ゆういぎだもん。

 人間って、ホント理解出来ない生き物だわ。


 無駄に長い報告会と会議が終わると、執務室へ戻って雑務処理ざつむしょり

 人間を滅ぼすとはいえ、仕事はちゃんとこなす。

 国王を直接補佐ちょくせつほさする立場だから、真面目にやらないと信用問題しんようもんだいかかわる。

 ここまでのぼり詰めた努力を、ダメわやにはしたくはないからね。

 仕事が終わり、庁舎ちょうしゃを出る頃には、すっかり夕暮れ。

 ふ~……やれやれ。

 今日も、良く働いたぜ。

 り固まった肩をほぐす為、両手を上に上げて軽く伸びをする。


 さぁて、ここからがお楽しみの時間。

 フェリックスへのお土産を、たくさん買って帰ろう。

 何をあげたら、フェリックスは喜ぶかな。

 あの子、無欲だからなぁ。


『あのね、ボクね、おにいしゃんたちとわんわんがいれば、なんにもいらにゃいよ』


 フェリックスの言葉を思い出す度に、顔の筋肉がゆるんでしまう。

 普通、あのくらいの子供って、全然言うこと聞かないんだよ。

 お菓子売り場やオモチャ売り場で、ギャン泣きしている幼児を良く見る。

 フェリックスも良く泣くけど、声を出さずに静かに泣くんだ。

 しかも、ワガママひとつ言わない。

 良い子ちゃんすぎて、ちょっと怖いんだよね。

 アーロンが「親が育児放棄いくじほうきした」って言ってたから、そのせいかも。

 きっと、フェリックスは心に大きな闇を抱えている。

 甘えたさんなのも、愛情にえているから。

 これからはありったけの愛で、うんと愛して幸せにしてやりたい。


 フェリックスの為なら、しまずなんでも買いあたえよう。

 まずは、服かな。

 今は、アーロンの服を着てるんだよね。

 アーロンは、「子どもわらすなんて、すぐ大きくなんべ」とか言うけど。

 今しか着られないかわいいめんこい服を着せたいのが、親心おやごころってもんじゃん!

 って言うか、俺がかわいいめんこい服を着せたいっ!


 子ども服売り場で、フェリックスの服を選ぶ。

 子ども服ってどれもかわいいめんこいから、みんな欲しくなっちゃう。

 フェリックスは、かわいいめんこいからなんでも似合いそう。

 気付けば、買い物カゴがいっぱいになっていた。

 そういえば、フェリックスって何歳なのかな。

 体の大きさから考えると、3歳くらいか?

 でも、ガリッガリにせてんだよね。

 抱っこしたら、軽すぎてビックリしたもん。

 虐待ぎゃくたいされて、発育不良はついくふりょうを起こしてるかもしれない。

 4歳か、それ以上かもしれない。


 服を選んでいると、オバサンの店員がにこやかに声を掛けてくる。


「何か、お探しですか?」

「ええ、まぁ。うちのの……」


 作り笑いで応えると、店員の顔がピシリと固まった。


「お、お客様……今、なんと……?」

「え? 何が?」


 俺は分からずに、聞き返した。

 店員から笑顔が消え、小声でヒソヒソと言う。


「今、何か名前のようなものを、おっしゃいませんでした?」

「名前のようなものって、?」

「……ちょっと、こちらへ」


 やけに神妙しんみょうな顔つきで、店の奥へ連れて行かれた。

 オッサンの店長が現れて、椅子に座るようにうながされた。

 俺が「フェリックス」にまつわる話を知らないと見るや、店長が重々おもおもしい口調で話し始めた。


 かつて、この街には「フェリックス」という名前の男の子がいた。

 フェリックスは、人間でありながら奇跡の力を持っていなかった。

「無能力の子」と呼ばれるようになり、きらわれた存在となった。

 同時に、「フェリックス」は忌み言葉いみことば(口に出してはいけない言葉)となった。

 同じ名前を持つ人間は、みんな改名かいめいしたそうだ。


 ある日突然、無能力の子はいなくなった。

 噂によると、森に邪悪じゃあくな魔女が無能力の子をらったらしい。

 人間たちは「魔女が無能力の子をってくれて清々せいせいした」と、喜んだ。

 そして、「人類の汚点おてんである無能力の子なんて初めから存在しなかった」ことにしたのだという。


 その話を聞いて、俺は怒りに震えた。

 なんだよそれ。

 フェリックスは、何も悪くないじゃん。

 奇跡の力を持っていなかっただけできらうなんて、意味が分からない。

 それに、アーロンが人間なんかうワケねぇだろ。

 あんなおさな子どもわらすが死んだことを喜ぶなんて、正気じゃない。


 フェリックスを、なかったことにするな。

 また、歴史の改竄かいざん(自分に都合良く書き換える)かよ。

 現在と過去と未来は、ひとつにつながっている。

 歴史を、には出来ない。

 なんで人間は、自分達にとって不都合ふつごうな歴史をにすんの?

 やっぱり、傲慢ごうまんな人間はほろぼすべきだ。


 人間がきらう無能力の子と、うちのフェリックスが同一人物とは限らない。

 偶然ぐうぜん、同じ名前ってだけかもしんねぇじゃん。

 だってうちのフェリックスは、つい最近、俺が名付けた。

 俺が、名付け親なんだからなっ!


 確かに、フェリックスが奇跡の力を使っているところは見たことはない。

 名前を聞いた時、黙って首を横に振った。

 フェリックスはみ言葉になったから、口に出すことが出来なかったんだ。

「魔女にわれた」っても、真っ赤なウソ。

「森で落ちていたのを、拾った」と、魔女本人が証言しょうげんしている。

 人間全員で、フェリックスを追放ついほうしたんだ。

 ここまで合致がっちしていれば、ほぼ確定かくていだな。

 フェリックスは、人間がきらう無能力の子なんだ。


 奇跡の力を持ってないんなら、ヒトじゃん。

 人間は、ヒトの遺伝子いでんしに魔の者の遺伝子を組み込んで、人工的に作り出された生き物。

 恐らくフェリックスは、魔の者の遺伝情報いでんしじょうほうだけが欠損けっそんしている。

 なんらかの因子いんしにより、かつて失われた「ヒト」の遺伝上いでんじょう形質けいしつを取り戻した。

 遺伝子突然変異個体いでんしとつぜんへんいこたい

 恐らく、フェリックスは先祖返せんぞがえりしたヒトなんだ。


 もしくは、偉大いだいなる作曲家「フェリックス・ブロック」の生まれ変わり。

 だって、あんなに素晴らしい歌をうたえるんだもん。

 きっと、そうに違いない。

 心から尊敬していた、あの天才作曲家に再び会えるなんて!

 しかも、めっちゃかわいいなまらめんこい幼児から育てられるなんて、最高の喜びだっ!


 そうと決まれば、俺が音楽を教えてやろう。

 才能教育さいのうきょういくは、早い方が良い。

絶対音感ぜったいおんかん」は、幼児のうちにしか身に付かない。

 よし! さっそく、オモチャのピアノを買ってこようっ!

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