第27話 煽動
ユーリの前に数人の若者が立ちはだかった。
「どいてくれ」
通じないだろうと分かっていながらも、乾いた口調でユーリは告げた。
「お前のせいじゃないなら証明してみせろ」
「ならばお前は私が魔物を呼んだと証明できるのか?恩を着せるつもりはないが、私が剣を振るい魔物を倒しているところを誰も見ていないわけではないだろう?」
青年はむっとした表情を浮かべたものの言葉に詰まらせた。
あれだけ大量の魔物を倒していたのだから、ほぼ全員がユーリの戦う姿を目にしたはずだ。にもかかわらずユーリを非難するのは自分たちが納得したいためでしかない。
急な不幸を誰かのせいにしたいと思う気持ちは分からないでもないが、自分に押し付けられるなら抵抗するまでだ。
「だが、今までこんなことはなかった」
「今まではそうでも今後もそうとは限らない。備えたほうがいいだろう」
冷静なユーリの言葉に少しずつ不穏な空気が収まっていく。だがそこに水を差すような声が上がった。
「それ以上罪を重ねるのはお止めください、ユーリさん」
謂れのない糾弾を浴びせた声の主は目を向けるまでもなく分かった。
ゆっくりと視線を向けると純白の衣装に身を包んだセーラと教会関係者であろう4人の男。セーラはユーリと目が合うと、一瞬だけ歪な笑みを浮かべた。
だがすぐに目に涙を浮かべ手を組んで、懇願するような口調で訴える。
「ユーリさん、大人しく罪を認めれば教会も償いの機会を与えてくれます」
セーラの背後にいるのはただの教会関係者ではなく、祓魔士もしくは腕に覚えのある神官のようだ。セーラを護るように戦闘態勢に入る彼らを見て、ユーリはそう直感した。
「私は罪など犯していない」
大体セーラに恨まれるような覚えもない。恩を着せるつもりはないが、ゴブリンに襲われているところを助け、ジャンに癒しの術を使ったのだから礼を言われてもいいくらいだ。
「ユーリさん、あなたは魔物を呼び寄せ、さらにはカルロ様を……うっ」
耐え切れないように涙を零すセーラに傍にいる護衛役の男たちが殺気立つ。だがそれに構うより聞き捨てならない言葉があった。
「カルロがどうしたというんだ」
ともに行動する聖女がいない場合、祓魔士はペアで行動する。その原則があり、ましてや教会内にいるのだから、誰かがカルロに応急処置を行い癒しの力を持つ聖女の元へ連れて行くのだとユーリは疑っていなかった。
カルロほどの祓魔士を見殺しにするなどあり得ないから。
「カルロ様を殺したのは貴女ではないですか」
そんなはずがない、そう返そうとしたのに言葉が出なかった。カルロを置いてあの場を離れたのはユーリでその後の安否を自ら確認したわけではない。
もしもナギの気が変わってカルロを殺していたのなら、それは自分のせいではないだろうか、そう思ってしまった。
「クラウド様、ご覧になりまして?事実でないのなら否定するはずですのに」
先ほどの言葉よりも激しい衝撃を受けてユーリが目を瞠ると、木々の間から懐かしいひょろりとした長身の男、クラウドが姿を現した。
いつもの飄々とした態度ではなく、感情の消えた顔のクラウドに胸がざわつく。
「クラウド――」
「ユーリ、貴女から事情を聴かなければなりません。すみませんが、拘束魔法をかけた上で王都までついて来てください」
淡々とした口調は初めて聞くもので、ユーリは一瞬何を言われたのか分からなかった。
「クラウド、まさか私の手紙を読んでいないのか?」
事情を打ち明ける手紙を読んでいれば、そんなことを言うはずがない。ユーリの傍には魔王がいるのに王都に連れていくなど、背信にも等しい危険な行為だからだ。
「手紙?それも含めて確認する必要がありそうですね」
僅かに眉を顰めるクラウドを見て、一つ心当たりが浮かんだ。
(クラウド宛ての手紙が検閲されていたとしたら……生まれ変わりなど教会の総本山は絶対に認めないだろうから、握りつぶされたとみるべきか)
ユーリが歯噛みしていると、セーラがクラウドに縋りつくように懇願を始めた。
「そんな、危険ですわ。もうあの方はクラウド様が知っているユーリさんではないのですよ」
必死なセーラの様子に、どうあってもこの場で自分を処分したいのだとユーリは察した。セーラはカルロに嘘を吐き、さらにはクラウドまで騙そうとしている。
真実が明らかになれば非難されるのはセーラの方なのだから必死になるのは当然だ。
「こんな小さな村に魔物が押し寄せるなんておかしいと思いませんか?ユーリさんが魔物を呼び寄せたとしか考えられません。前もそうだったもの」
ユーリに罪を押し付けようとしたセーラの発言は、ある意味で正鵠を射ていた。正しくはユーリではなく、ナギの仕業であったが。
人々の間に動揺が広がり、すぐにそれは負の感情へと変わった。
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