第23話 誤解
褐色の肌と燃えるような赤い髪、そして見下すような嫌な視線には見覚えがあった。クラウドを尊敬していて傍に付き従っていた祓魔士のカルロだ。
いきなり攻撃してきたのも納得がいく。クラウドに不利益な存在であるユーリを疎ましく思い、以前から事あるごとに嫌がらせを繰り返していたのだ。
王都にいるはずのカルロの存在を疑問に思いながらも、ユーリは別のことを聞いた。
「クラウドはいないのか?」
「あの方はご多忙なのだ。ただの調査で煩わせることもない。お前が関わっているならなおさらな。ああ、魔物に魅入られる卑しい身であの方を二度と軽々しく呼ばないでもらおうか」
ナギのことを揶揄られたのかと思ったが、それにしては落ち着いている。
「は、どういう意味だ?」
「とぼけるな。ゴブリンを呼び寄せただろう」
ゴブリンを退治したのは昨夜のことだ。ナギの存在はいまだカルロまで伝わっていないのは安心できる要素だが、情報が伝わる速度が早すぎる。
「私は呼んでいない」
呼び寄せたのはナギであるから嘘ではない。例えその理由と原因を知っていたとしてもカルロに話すわけにはいかなかった。
「あの辺りにゴブリンが存在した形跡はない。それが実際に現れたうえにお前が聖女を脅したと報告が入っている」
(情報源はセーラか?気に食わないなら放っておけばいいものを……)
この様子であれば色々とカルロにあらぬことを吹き込んだに違いない。溜息を我慢しているとカルロはさらに追及してくる。
「一緒にいる男は魔物か、それとも唆した駒か?」
魔物と答えればカルロは即座に排除するため動くだろうが、返り討ちになるのは目に見えている。
「お前に話すことじゃない。クラウドには報告している」
嘘を吐くのは得策でないが、本当のことも告げるわけにもいかずユーリは曖昧にぼかすことにした。
「私は魔物を呼んでいないし、祓魔士としても人としても恥ずべき行いは何一つしていない」
「だったら何故お前からそんなに濃い魔物の気配がするんだ」
カルロの指摘にユーリは言葉につまった。
再会からずっと不機嫌そうな瞳はユーリへの嫌悪だけでなく、警戒の意味もあったらしい。カルロが気配に聡いことを思い出し、自分の失態に舌打ちしたくなった。
誰からも今まで指摘されることはなかったが、ずっと傍にいるのだから魔王の強い魔力の残滓が染みついたとしても不思議ではない。
それでも、自分の行為を誰に非難されようとも、これだけは断言できる。
「私は間違ったことをしていない」
自分が生き残るためにも、そして他人を護るためにもそれが最善だと思ったから、ユーリは賭けを受け入れたのだ。
「ぬけぬけとよく言う、この裏切り者が!」
ユーリの言葉に激高したカルロは剣を手に切り掛かってくる。仕方なく剣を鞘に納めたまま、ユーリは祓魔術で対抗しながら逃げる隙を窺う。
(殺す気はなくとも死んでも問題ないとか思ってないか?!)
拘束されれば抜け出すまでに時間がかかるし、そうなればナギがどういう行動に出るか分からない。魔物であれば殺してでも切り抜けるが、人であり祓魔士であるカルロと本気でやり合うのは危険だった。
万が一でも命を奪うことになれば、その時点でユーリは魔王の所有物になってしまう。それにカルロがどれだけ自分のことを嫌おうとクラウドに対する尊敬の念は本物だし、クラウドとて自分を慕う存在を傷付けられれば心を痛めるだろう。
頭上にかかった影に顔を上げれば、鋭い爪が間近に迫っている。ギリギリのところで鷹を避けたが喉元には剣が迫っていて、とっさに後ろに重心をずらし背中から地面に倒す。
勝利を確信したカルロの表情を見て、思い切り足を真上に上げて柄に当てることで剣を跳ね飛ばした。
目を丸くしたのは一瞬のこと、跳ね上げた足を戻す前に馬乗りになったカルロの手がユーリの首に触れる。
「――っ、……!!」
両手で首を絞められ息が詰まる。本能的な恐怖に必死で足掻くが、体格差のあるカルロに腹の上に乗られた状態では自由が利かない。
(また、私は祓魔士に殺されるのか?)
本気で殺そうとしているのか、意識を奪おうとしているのか定かではないが、はっきりと死を意識させられる行為にユーリは今までに感じたことがないほどの怒りを覚えた。過去も今も理不尽で身勝手な理由で命を奪われる、そんなのは絶対に認められない。
砂利を掴んで思い切りカルロの顔めがけて投げつける。優位な状況で油断していたのか、不意を突かれたカルロの力が僅かに緩んだ。その隙を見逃さずに、渾身の力を込めてみぞおちを殴りつける。
「ぁ……っは、っぁ」
ふらつく身体を叱咤し、カルロから離れると荒い息を吐きながら酸素を貪る。
(落ち着け、落ち着かなきゃ駄目だ)
命の危機に晒されたせいで好戦的になっていることに気づいて、必死で自分に言い聞かせる。怒りに任せて行動すれば傷つけるだけでは済まない。カルロを睨みつけながらも僅かに残る冷静な思考がユーリをとどまらせていた。
「……魔物に身体を許すなどおぞましい。クラウド様のご厚意を踏みにじったお前を俺は絶対に赦さない。死んで詫びろ」
先ほどと違いカルロの目は明確に殺意を宿している。それを目にしたユーリは水を掛けられたかのように冷静さを取り戻した。
(何の話だ。どうしてあいつは急に…)
無意識に首元に手をやり細い鎖が指先に触れた瞬間、ユーリは気づいてしまった。濃い魔物の気配はスイから預かったコインに染みついたもので、首筋にはナギに付けられた痕が残っていることを。
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