第22話 呼び出し
泥のように眠り込んでしまいたい誘惑と戦いながらも何とか起き上がったユーリは、早々にギルドへと向かうことにした。
ナギと二人きりでいることへの精神的負担よりも、陰口を叩かれようとも人のいるギルドのほうがましな気がしたし、あの後どうなったかと気にかかっている状態では休めそうにない。
珍しく部屋に残るというナギを置いてギルドについたユーリは、殺気立った空気に迎えられることになった。
状況が飲み込めず首をひねっていると、顔なじみでありギルド長のエリオットが固い表情で現れ、ユーリについてくるよう促す。
個室に通されると見知らぬ初老の男性がソファーに座っていたが、エリオットはその人物に言及することなく切り出した。
「ユーリ、お前は昨晩どこにいた?」
前置きもない質問はまるで詰問のようで、エリオットらしかぬ態度に警戒心が芽生えた。
「どういう意味だ?」
「昨晩何をしていた?」
ユーリの疑問に答えることなく重ねて問われて、ユーリは口をつぐんだ。傭兵として腕が立つことはもちろん、人をまとめる才能もあったエリオットはこんな風に一方的な物言いをする男ではない。
(ならばこれはそこの男に見せるためだけの小芝居で、余計な情報は与えない方がいい)
「不当な尋問に応じる気はない。失礼する」
退室しかけたユーリの背中に、掠れた重みのある声が掛けられた。
「真に貴女が無実であるならば、教会までお越し願おう」
何の罪かは知らないが、教会に行くのはやぶさかではない。この男が教会関係者ならばクラウドからの働きかけである可能性もある。
建て替えられたとはいえ自分が命を落とした教会を訪れるつもりはなかったが、ナギが不在のこの機会を逃す手はない。
部屋を出る瞬間、エリオットの表情が曇っていたことに少しだけ胸騒ぎを覚えた。
教会の内部は静まり返っていたが、不穏な空気が流れていることをユーリは肌で感じ取っていた。こちらを窺う人の気配はあるのに、姿を見せないことにクラウドからの呼び出しである可能性を消す。
(あの人なら直接会いに来るし、様子見など回りくどい真似はしない)
そうと分かればこれ以上この老人に付いて行く必要もない。
きちんとした理由も告げずに試すような言動も不快だったし、何より罪を犯したと決めつけられていることにも不満を覚えていた。ギルド内でも疎まれているのだから、この街を離れる頃合いなのかもしれない。
礼拝堂を通り抜け中庭に差し掛かったところでユーリは足を止めた。
すると少し先を進んでいた男もすぐに立ち止まる。前を向いていながらしっかりとユーリに反応する様子を見て、ただ者ではないと判断した。
「……逃げるなら罪を認めたとみなされるぞ」
「何も知らされずに付いていくほうが危険だと思わないか?女神に仕える者がすべて善良なわけではないだろう?」
教会関係者であっても信用はしていないことを伝えると、老人は振り返ってユーリを憐れむような目で見つめた。
「悔い改めれば女神は決して我らを見捨てないのだ、愚かな幼子よ」
空気を切り裂く音がして身を躱せば、先ほどまで立っていた場所を弓矢が通り過ぎていく。
「――悪しき者を縛めよ」
部分的に聞こえてきた言葉に、老人との会話は祓魔術を発動させるための時間稼ぎだったと悟った。壁を伝っていた蔦がユーリを拘束しようと襲い掛かってくる。刀に手を掛けたものの教会内で抜刀することに迷いが生じて身体を捩って蔦を躱す。
(クラウドに迷惑が掛かるかもしれない)
変人でも放任主義でもユーリの言葉を受け止め、向き合ってくれた数少ない信用できる人物だ。祓魔士を志すユーリの後見になることはクラウドに何の利益もないどころか、損失しか与えていない。
祓魔士としての教育をユーリに受けさせることで余計に変人扱いされていたし、枢機卿への昇格にも影響を与えていたが本人は飄々と受け流していた。だからクラウドには借りがあるし、これ以上不利益を与えることは心苦しく思っている。
逃げ回っていたユーリの足に一本の蔦が絡みつき、バランスを崩す。もしもこれが魔物の攻撃だったら、その考えに背筋が伸びた。気の迷いは命取りになる。首から下げたコインの冷たい感触で鮮やかな紅がよぎったその瞬間、ユーリは覚悟を決めた。
(生きていくとあの時決めたんだ。…だからもう躊躇わない!)
一直線にユーリに向かってきた蔦を両断し、足の拘束も切り捨てた。そのまま振り向いた勢いで気配を感じた方向に短刀を投げる。
キンと澄んだ音がして短刀が弾かれるのと同時に、ユーリは剣を構え対峙する姿勢を取った。
「教会内で剣を振り回すなど、信仰心の欠片も持ち合わせていないのか」
そこには不機嫌そうな声と嫌悪の表情を露わにした青年が立っていた。
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