(5)ルー・ガルー

「君たちも既に知っての通り四月の下旬から現在にかけて一人の男性と七人の女性が姿を消し、うち一人に関しては既に死亡している可能性が高い。年齢、職業、趣味、婚姻歴、政治的信条から信仰する宗教まで被害者に共通点はなく、反社会的勢力との繋がりもなし。人間関係や金銭面でに悩みを抱えた者もいないではなかったが、失踪の原因となるほど深刻な要因は見つけられなかった。つまり、ごく普通に働き、ごく普通に悩み、ごく普通に仕事の愚痴を溢していた人たちが、ある日忽然と姿を消してしまったわけだな。これで身代金の要求でもあれば分かり易いが犯人からのコンタクトは皆無。金銭的に余裕のない者もいたし、どうにも金目的の犯行とは考えづらい。しかしだ。逆に言えば、そうした世俗的な欲求の希薄さにこそ我々は解決の糸口を求めた」

 中空を仰ぎ、手ぶりで表現しようとする。

「つまりは、無差別な……そうだな、ある特定の狂気的な思想に基づき行動するテロリストのような集団を仮想して捜査を進めようとしたわけだ。見境のない攻撃は狂気を充足させるための手段でしかないのではないか、とね」

「あの……それなら、犯行声明がないと、おかしいんじゃないでしょうか?」

 遠慮がちに手を挙げたのは三幸来だ。生徒の質問に応じるように、葛城は彼女を指差した。

「便宜上テロリストと呼称したが、もっと内輪で完結している組織を想定して貰っても構わない。たとえば生贄を求める宗教団体、あるいは享楽的な犯罪集団――そう、ポイントは集団であることだ。単独犯の可能性を捨てたわけではないが多人数で犯行に及んでいると考えなければ説明が付かない状況が多い。その一つが被害者の処遇だ。生かして監禁するにしろ、殺害して埋めるにしろ、その労力は馬鹿にならない。場所も要る。被害者が一人ならまだしも複数人となればコストは各段に跳ね上がる。長期的には不可能ではないかも知れないが今のペースでは難しいと言わざるを得ないだろう。もう一つは拉致手段だ。目撃情報の類がないことから犯行は恐らく短時間。となれば車や人員もまた不可欠だ。運転手を含め、少なくとも三人以上のチームでなければ厳しいはずだ。しかも相当手際が良くなければならない」

 そこまでまくし立ててから口を噤む。沈黙の居心地の悪さをじっくりと味わわせてから、ふっと頬を緩めた。

「……と、まあ、そんな線で進めようとしたのだがね。捜査は呆気なく行き詰った。何故だと思う?」

 振られた美月は、つまらなそうに答えた。

「情報がなかったからでしょう。先ほど仰られた通り」

「正解だ。情報がなかった。不審な車両の目撃情報。胡乱な集団の目撃情報。監視対象の活動再開。国際テロリストの暗躍……。それらしい情報は腐るほど寄せられるのに本命と呼べそうなものが一つもない。通常はそうではないのだ。集団が動けば動いたなりの足跡が残る。何も残っていないということは動いていないということだ。よほど洗練された組織なのか? はたまた未知の犯罪集団か。いっそのことルー・ガルーの仕業だと言われたほうがまだ納得できたかも知れない。ああ、そう言えば、光る怪人の目撃談がいくつかあったことには笑ったな?」

 国見に賛同を求めたようだが彼女は相手にしなかった。

 気にするでもなく向き直ってくる。

「そんな八方塞がりの状況に変化が訪れたのが先月下旬だ。佐野神社の境内で被害者の衣類、そして骨の一部が見つかったことは知っているね」

 香助は、身を乗り出したくなるのを必死に堪えた。流石にその心中まで見透かしたわけではないだろうが、葛城は疑問の答えを口にした。

「どうしてあの場所を捜索したのか? 答えは匿名のタレコミがあったからだ。佐野神社の境内に事件に関連するブツが埋められているとね。信用すべきかどうかは内部でも意見が分かれたが結果は知っての通りだ。発見された衣服は三人目の被害者である宮下つぐみさんが失踪前に着用していたものと一致。付着していた血痕、骨の一部共に本人のものと一致するという鑑定結果が得られた。情報提供者は犯人の一味と見るのが妥当だろうが詳細は不明だ」

 匿名のタレコミ。情報提供者。

(諫武の仲間、か)

 一般人であれば身元を隠す必要はない。何らかの方法で埋めた場所を突き止め、親切心かは知らないが警察に通報したのだろう。諫武の制服に関する言及がないのは彼らが事前に回収したからか――

「ところで星野香助くん」

 思案に耽っていた香助は、呼ばわれたことに気付かなかった。空気の変化を察して面を上げると葛城が眉根を寄せて苦笑していた。

「三幸来くんから聞いたよ。君は生物部ではないそうだね?」

 はいそうです、と素直に頷けなかった。ばれてしまいましたかと笑う場面でもあるまい。あてどなく彷徨った視線の先に、俯く三幸来の姿があった。葛城は足元に置いたバッグを漁り始める。

「さて、発見された骨の一部だが、これはもうほとんど破片に近くてね。頭蓋骨の一部だったことから被害者は相当な深手を負っている、もしくは、まあ、状況的には死亡している可能性が高いと我々は見ている。しかしだ、よくよく考えずとも奇妙だろう? 犯人はその場で宮下さんに頭蓋が砕けるほどの打撃を加えている、あるいは殺害してから遺体を損壊させるなりしているはずなのだ。。衣服はその場で埋めているのに素っ裸の遺体はどこかへ移動させているのだな。正直なところ、これに関して不可解としか形容できない。遺体を移動させるのは労力とリスクが伴うし、仮に何らかの事情で動かす必要があったとしても服を脱がせる必要がない。もしかすると、に及ぶためと考えられなくもないが……信じたくはないな。だが、あの場所で犯罪が行われたという事実には注目すべきだ。これを見給え」

 差し出してきたのは一枚の写真。そこに収まっているものを認識した瞬間、脂汗が噴き出した。驚愕と焦燥感で腸は捻じれ、生温かな吐き気が無遠慮に込み上げてくる。反射的に口許を覆ったが、その浅慮が相手にどれほどの確信を与えるのか、思考を巡らせる余裕はない。脳を埋め尽くしたのは無様な謝罪の言葉だった。

(すまない)

 美月。すまない。すまない。

 俺が、君の足を引っ張った。

「深海博覧会……というそうだね?」

 写し出されていたのはクラゲのフィギアだった。

 美月と出会ったあの日、どこかで失くして、そのままになっていたもの。

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