(5)世界の果ての砂浜で

 諫武の遺体は、陽が沈む頃に喰い尽された。

 彼女とは僅か一日の付き合いだった。本来の諫武がどんな人間だったのか。何を求めて、何を成そうとしていたのか。知る機会は最早ない。深海の魚たちに目を輝かせていた彼女が、本物だったのか、そうではなかったのか。それすら確かめることはできなかった。友達として三幸来を紹介してあげることも。

 哀しくはなかったが残念ではあった。諫武は何度も命を救ってくれた。だから無念を抱くのは自然だと思った。だが感謝を捧げるのも御為ごかしに感じたので、香助はその想いを静かに見つめ続けた。

 美月は、遺体の処理が終わってからも屋根から降りてこなかった。

 もう間もなく夜になる。まだ何かやることがあるのか。

 そう尋ねると、彼女は答えた。

「空を見ている」

 空を見ているから、もう少しここにいたい、と。

 一体空に何があるのか? 問いを重ねたが風の音しか返ってこなかった。

 帰りたくもないので沈黙に付き合っていたが、先に帰れと素っ気なくされたので渋々従うことにした。境内を下り、駅へ歩き、電車に乗る。車窓からの見飽きた景色は、平常の感覚を呼び戻してくる。退屈と閉塞感、そして二日分の疲労。香助の意識は、次第に微睡みへ沈み込んだ。

 漂うように揺られながら、彼は不思議な夢を見た。

 それは人類が滅んだ百年後だった。世界の果ての砂浜で美月と未花が手を繋いでいる。彼女たちは波打ち際をゆったりと歩きながら、穏やかに何かを語り合っていた。何を話していたのかは思い出せない。ただ、二人は地球を離れ、どこか遠くへ旅に出るのだと感じた。

 やがて美月が空に手を伸ばした。天球には光り輝く美しい景色が広がっていた。いっぱいに、いっぱいに広がっていた。未花が振り返り微笑んだ。私もあの場所へ行くのだと笑っていた。

 いつしか二人の姿は消えてなくなり、後には、泡の音だけが残された。

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