怖気と悟り
全身を隈なく舐め回すように視線を送るには些か無理がある横向きに倒れた身体だったが、下腹部のあたりから大量の血液が漏れ出ているのが間を置かずに分かった。その瞬間、ぐにゃりと視界が歪むかのような目眩を催し、片膝をつかずにはいられなかった。疑念や推し量るべき現実との押し引きによって生じる摩擦は、性別を大別する生物的特徴の一つである陰部が切り取られたことへ、身につまされたからに違いない。未だ覚束ない身体に鞭を打ち、俺はその場から離れた。
電気信号という無意識を司る野生的根源は、知らぬ間に城へ戻ることを指示し、あまりの寝苦しさに部屋を離れた来し方のことも忘れて、板間と然のみ変わらぬ硬いベッドの上に倒れ込む。より良い寝心地を探して首を左右に倒すなどの、眠る機会を逸した不眠症のもがきに辟易することもなければ、とりとめもなく時間だけが過ぎていく無為なる焦りを感じる暇すらなく、俺は眠りに落ちていた。
時計という文明の利器を持たずに時間の概念を取り込むには、やはり太陽の位置に依存する。窓を介して朝と夜の区別をする手軽さは、城へ来てから知ったものの、燃え尽きた蝋燭灯もまた、経過した時間の流れを捉えるのに役立った。真っ暗闇の中、俺は人差し指に炎を灯し、歩行の補助にあてがう。そして、扉を開いて廊下に出ようとすると、俺は例に漏れず驚きの声を上げる。
「うぇ?!」
部屋の扉を開けた直後に人と顔を合わせる不測の事態は、慣れていくしかないのだろう。
「お待ちしておりました」
杓子定規に挨拶をこなすアイは、バエルへの忠誠心と結び付いており、この態度を間に受けて気分を良くするのは間違っている。
「そんな部屋の前でずっと待ってなくて……」
言い終わる前に、俺がバエルの信頼を勝ち取るまでに至っていないことを悟り、言下に言葉を取り下げた。
「今日もあの村に行って、行方不明者の所在を調べに行くんだよな?」
俺が訊くと、アイが黙って頷いた。空きっ腹を知らせる下品な虫が鳴り、俺は朝食か昼食かの判断もつかないまま、食事を取る為の時間を設けることを提案する。
「今日も同じとこでどうだい?」
「はい」
取捨選択を持たないアイに対して、言葉を取り繕い懐柔するような労は伴わず、顎で使っても文句を言わないだろう。しかし、その優越意識に浸って横柄になるような自尊心は律せなければならない。自惚れは足元を掬われる起因になる。ひいては、手前勝手に親しみを覚え、軽はずみに距離を縮める愚かな者も演じる気はない。俺は黙々とアイを連れ立って、食事処に向かう。
燦々と降り注ぐ陽光は、昨晩の退廃的な気風を鎮め、無自覚に張り詰めていた胸の重さが幾ばくか軽くなった気がした。連綿と繰り返す太陽の浮き沈みに準ずるだけの恩恵があり、健康に作用すると口酸っぱく言われた訳をこの異世界で享受する。
石で舗装された町の地面や、土着的な作業に追い立てられていない町民の姿は、そこに魔術師が根付いているかどうかに関わっているように思え、行方不明者を風来坊と紐づける村の厭世観とは著しく乖離している。
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