キャッキャウフフ

「さすがに不気味だな……」


 当然のことながら、目蓋の裏を眺めるより暗い村の中を出歩くような人間は誰一人もおらず、もし仮に羽を伸ばそうとする影があったなら、それは邪な考えを持った不埒な人間に違いない。俺は耳を澄まし、虫眼鏡を覗いているかのような没我加減に熱を上げ、跋扈する闇を炎で払い除けた。そんな折、ゆくりなくとあることが頭に浮かんだ。


(今もまだ……いるのか?)


 臭い物に蓋をするかのように草陰にあったそれが、喉につっかえた小骨と変わらぬ違和感となって思い起こされた。一寸先を露払いする炎が記憶にある道程を照らしながら、俺はあの場所をそぞろに目指す。


 民家と民家の間にある曖昧な境界は、手入れを放棄することで視覚化し、互いに素知らぬ顔で月日を重ねれば、一人の人間を覆い隠すほどに草は背を高くする。馬一頭を飼う程度の小さな厩舎が備え付けられた家が目印で、あと五メートルも歩いていれば、次期に目に入ってくるはずだ。見知らぬ土地で右往左往する慌ただしさは、村に来るまでの道中で別れを告げ、確信をもって歩けている。ある種のゆとりとも言える心の間隙を咎めるかのように、目指すべき民家の死角から人影が飛び出した。


「うぉ!」


 あたかも路上で動物が横切ったような声を上げると、その人影は身体を翻す所作を見せて、「逃走」という二文字がよく似合う状況を生み出した。思いがけず巡り合った疾しさに、俺は走り出していた。それは、正義感に駆られて悪意を追い回すような高尚なものではなく、極めて本能的で言葉を用いて定義する高慢なことは避けたい。今は只ひとえに、捕まえるという行為を完結させるつもりだ。


 俺から明確な意思を持って逃げる人影は、民家の裏手に駆け込んだ。追いかける立場の人間の心情を巧みに汲み取った、視界から外れることで生まれる不安を俺は一切抱かないまま、某の後ろ姿を追う。


「?!」


 民家の壁を曲がり角として折れた直後、行き止まりに突き当たった。俺だけが周囲を見回す理不尽とは、道を誤ったとしか思えない人影の消失によって引き起こされた。


「どういうことだ……?」


 民家の背中と思しき行き止まりの壁を登っていく時間はなかった。


「……魔術か」


 不詳の人影を追いかけ回す好奇心は頓挫し、先刻に浮上した目的を果たす為、俺は踵を返して鬼ごっこに興じた道程を遡る。とある民家の間に生えた草陰を目指す俺と、図らずも居合わせた人影は、語るに落ちる後ろめたさを抱えて脱兎の如く逃げ出した。見事に追求を逃れた人影に、一杯食わされた気分である。俺は後ろ髪を引かれながらも、件の草陰に興味を移していた。そして、井戸の底を覗くかのような怖気に背中を粟立たせて、民家の角へ首を伸ばす。鬱蒼と茂った草を直前に掻き分けた跡が残っており、取り扱いに困った村人の現実逃避がみごとに露見していた。


「これは……」


 見るも無残な怪我を負ったことを一目で把捉させる、夥しい量の血液が雑然と生える草に飛沫していて、俺は目を白黒させる。その不穏さから口を手で覆い、引けた腰をどうにか前進させ、飛び散った血液の原因を探そうと眼下に据えれば、ようやく因果関係に到達した。

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