おそまつ
文化の違いと一括りにし、それを甘んじて受け入れるには、手の清潔さが何より求められた。偶然、地下に湧き出る真水を相手に悪戦苦闘を強いられたこともあって、汚れを気にせず済んだが、よしんば地面へ手を突くなどし、そこに糞などあってみろ。目も当てられない。
「ここでは基本的に、ジビエとパン、スープが頼まれます」
長机の上に同じような料理がズラリと並ぶと様からも、それは容易に理解できた。
「じゃあそれで」
緑色のドレスを着た女性が一人、食事処に設けられたもう一つの部屋から出てきて、俺達の前にやってくる。
「何になさいますか?」
注文を聞き取りに来たウェイトレスだと知ると、途端に卑近な気持ちが誘われて、アイがつらつらと料理を頼んでいく横で郷愁に浸る。
「以上で」
女性は軽く頭を下げた後、調理人に料理の如何を伝えに部屋へ戻っていく。
「それにしても賑やかだな」
「丁度、太陽が真上にいますからね」
太陽の位置に則って朝食、昼食、夕食の三食を規律正しく取る人々の体内時計は、現代人より遥かに精密に働いており、健康的な生活だと言える。小さい端末から絶え間なく更新される情報の海に浸る日々は、昼夜の感覚を麻痺させ、夕方ごろになってようやく、欠伸がおさまる。そんな絵に描いたような不健康さとは、この異世界で手を切れるかもしれない。
今後の展望に耽っていると、お盆を模した木の板を両手に持って、ヨタヨタと料理を運ぶ先刻の女性が、スープにジビエ、添え物にパンが長机の上に置いた。今の今まで、意識したこともなかった農墾民族に土着した「白飯」の存在へ、知らぬ間に目配せを送ってしまうほど、俺は愛着を持っていたようだ。
「それでは頂きましょうか」
食器の横に置かれたナイフを手に取り、俺は肉の品質を案じて、細かく食べやすい形に整える。俺と同じように肉を小さく切るアイは、ナイフを置いて手掴みで口の中に押し込み出す。まるで寿司を食べているかのような所作を俺は反芻した。
「うんうん」
味に間違いはないようで、アイは小気味良く頷きながら肉を食していく。俺はその頃、肉の塊を全て切り分け終わり、ナイフを置いた。手を使っての食事など初めての経験だ。インドなどの諸外国へ出たことがない内弁慶な身持ちでは決して、味わうことがない。俺は肉の一切れを指先で掴み、なるべく料理を汚さぬように心掛ける。
「ん」
獣の臭いが口いっぱいに広がり、鼻を抜けると輪をかけて野性味が溢れ出し、思わず漏れた吐息に口元を手で覆った。まるでそれが、味覚を刺激された者が見せる料理への賞賛とし、俺は黙々と頷いた。するとアイは、この食事処を紹介した甲斐があったと笑顔を繕った。
「……」
皿を空にする苦難の道程が、額に浮かぶ冷や汗が物語る。鼻を摘んで味の如何になりふり構わず喉に押し込めば、完食も夢ではない。ただそれは、体裁を投げ打ったもはや自爆テロまがいの力技だ。
「お、美味しいなぁ」
俺はスープとパンでお茶を濁しながら、悪食覚悟の肉と向き合った。細かく切り分けたことが功を奏し、遅々としながらも確実に肉は減っていった。
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