魔王。貴族。KING。鉄板。地球代表。
将棋ファンには馴染み深い異名を背負った棋士たちが次々に登場する。
ネットの野次は飛び交い、薔薇は舞い、貴族はカエルになり、地球代表はとうとう代表引退まで考える。
かなり笑える。
しかし、この物語が描いているものは意外なほど重い。
中心にいるのは、圧倒的な速度で棋界を塗り替えていく藤井聡太。
だが本作が見つめるのは、むしろその周囲にいる者たちだ。
彼らだって天才なのである。
名人になった者。
永世称号を手にした者。
一時代を築いた者。
かつて別の天才を倒すことで名を上げた者。
そんな人々の前に、自分たちの常識をさらに上回る才能が現れたら、人は何を思うのか。
嫉妬する。
恐れる。
悔しがる。
自分の全盛期と比べる。
同じ時代でなくてよかったと安堵する。
それでも勝ちたいと思う。
本作は、その格好悪いほど人間的な感情を隠さない。
だからこそ、登場人物たちは「魔王」や「貴族」といった異名の向こう側から、次第に一人の勝負師として立ち上がってくる。
クラシック音楽の使い方も印象的だ。
「復活」「レニングラード」「未完成」「ザ・グレイト」、そして「魔王」。
それらは単なる雰囲気づくりではない。
言葉にしづらい棋士の心理を、音楽がもう一つの内面描写として語っている。
そして最終局で突きつけられるのは、将棋盤よりさらに難しい選択だ。
今ここで勝つために、切り札を使うのか。
それとも、もっと大きな未来のために秘しておくのか。
盤上なら、最善手には答えがあるのかもしれない。
けれど人生には、評価値が表示されない。
何を勝利と呼ぶのか。
今日のタイトルか。
未来の称号か。
自分が歴史に何を残すか。
最後に「未完成」が意味するものは、研究手だけではないように思える。
完成していないから、人は次を読む。
まだ到達していない何かがあるから、勝負を続ける。
軽妙な将棋ネタとネット文化で笑わせながら、その奥では、才能、世代交代、嫉妬、矜持、そして人生の選択を描いている。
将棋を知っている人にはもちろん刺さる。
けれどこれは、それ以上に「自分より大きな才能と同じ時代を生きるとはどういうことか」を描いた、勝負師たちの人間ドラマである。
実在のトップ棋士が登場するフィクションですが、ああ、この棋士ならこう言いそう!こう考えそう!というのがすごく納得できる内容になっています。難しい技術論とかの話ではなく、ひとそれぞれの人間臭い内面の絡み合いが、重くなく描かれています。一時代を作った羽生世代が斜陽の年代に差し掛かり、新しいスーパースター藤井聡太が登場した将棋界。王者が現れ、そして若い力に倒され、新たな王者が後を継ぐ。そうやって歴史に残る対局と棋譜が生まれていく。もう一度言いますが、読んでいて重くありません。むしろコント寄りかもしれません。ですが流れる時間と棋士の思考はいつの時代でも共通ではないか、とやや達観気味に読んでもらえると、すっと入ってくると思います。
天才・藤井聡太の快進撃が止まない激動の将棋界――憂う棋士たちの内面を繊細に描いた人間ドラマです。
棋士たちの顔や名前、将棋のことを知らなくても文章から彼らの人生の一端を垣間見える構成となっており、それなりに楽しめると思います。
主な登場人物は以下の四大棋士。
◆闘争心と矜持のオーラを燃やす『魔王』の異名をもつ渡辺明(わたなべ・あきら)名人・棋王(当時冠位)
◆詰みの終盤で脳内クラシックを優雅に流す、初手・薔薇で知られる『貴族』こと佐藤天彦(さとう・あまひこ)元名人。
◆数多くのタイトルを獲得し、永世名人の名を刻んだ第十八世永世名人・森内俊之(もりうち・としゆき)九段。
◆そして地球代表のニックネームで親しまれる藤井キラーの異名が冴え渡る深浦康市(ふかうら・こういち)九段。
彼らの将棋に賭ける熱意と矜持と人生と。そしてこれからの将棋界を憂う以下のフレーズが棋士たちの心の狭間で渦巻いているのです。
「公式戦で自分は生涯のうちに、藤井聡太に勝てるのだろうか?」
哀愁さえ漂う棋士たちの内面が当事者目線で赤裸々に描かれており、もはやここまで来ると感情移入を超える感情同化さえ抱かせる境地。
また、森内第十八世永世名人と深浦九段は藤井聡太誕生前に自己の記録を打ち立てていた経緯も先の対比として印象的です。
「(藤井聡太と)活躍時期がずれていて良かった。。。」
特に、三国志演義に登場する周瑜と諸葛亮孔明の例えが素晴らしく、高い説得力と表現力で見事に体現されています。
これ程のクオリティをこのボリュームに抑えておきながら細部に亘る繊細かつ瑞々しい筆力は筆舌に尽くし難いというもの。
将棋は対話を超えたドラマであり、人生でもあります。
その奥妙な形容はどの時代も変わらない普遍の真理。
そしてやはり、最大の要素は『運』であると感じさせる点が言い得て妙。これもまた人生の醍醐味の一つとして数え上げられましょう。
将棋のドラマは尽きない――盤上だけでは語り尽くせない盤外ストーリーテリングの傑作です。
青山 翠雲さまの2作目。
前作の『小説 『王将戦』』で読者である私たちは対局を特等席で眺めるギャラリー(傍観者)でした。しかし、続く本作で我々読者はギャラリー(傍観者)ではなく、プロ棋士たちの心にもっと近づくことになります。ネット市民たちの軽妙な発言を目にしつつも、プロ棋士たちとともに喜怒哀楽を味わい、彼らが普段口にできないその人間臭く、泥臭い欲をも知ることにもなります。その泥臭さを知ってもやはり思うのです。将棋という知性の限界の世界で競い合う棋士たちの凄さ。特に最終話、そこでその選択をするとは! 慄かざるを得ませんでした。
青山 翠雲さまは『将棋の世界』という他のWeb作家にはない強みを描くことが出来る稀有な作家ですが、本作を読んで、単なる将棋専門Web作家で収まる方ではないと確信しました。勝負に賭ける人間をここまで描けるのなら、他の世界の勝負を迫真の描写が可能に違いないと。スポーツであれ、政治家の抗争であれ、歴史上の合戦であれ描き切ることが出来るでしょう。いずれそう言った世界の作品も読めそうなそんな予感がいたします。