第10話 画策-2


 冬の間の三か月、いっそ楽しめるものをと意見をしたのはフォルテだった。僕たちが帰って来て、沈んだ空気のアカデミーとか考えたくないもん! ということらしい。しかし、その言葉に誰も反対する者はいなかった。少なからず、危険を冒して外へ出る彼らへの帰るに相応しい場所でいたい、それは留守を預かる者たちの総意だった。

 とはいえ、三か月ずっと同じ事をして過ごすのも飽きてしまうだろうしと、中々良い案は浮かばないものだ。サロンに沈黙が訪れて少しの間、それを破ったのはリテラートの後ろに控えていたソリオだった。


「まずは、学年ごとの交流を図るところからしてみてはどうでしょう。兄弟姉妹がいれば多少なりとも面識はあっても、寮も学舎も別である今のアカデミーでは、他学年を知る術はありませんし」


「具体的には?」


「まだそこまでは…。とりあえず、ファーストからサードまでを学年ではなく、縦に分けたチームを組むんです。それで何かできれば……」


 振り返ったリテラートの視線に首を振ったソリオだったが、ふと、ウェルスが呟いた。


「宝探しとか? 」


 その言葉にその場にいた全員がハッとして顔を上げた。


「えっ…? 」


 驚いたのはウェルスの方で、途端に灯りが付いたような顔をして自分を見つめる面々。


「そうだ、宝探し! いいと思う」


 向かいの席から身を乗り出したクラヴィスに、ウェルスは座ったまま後ずさりするようにソファに身体を押し付けた。


「古くからあるんだからさ、そういう話の一つや二つや三つありそうじゃない?」


「なぁ、ティエラとウェルスはそういうの知らないの?サルトスに伝わる秘宝とかさ」


 唇に人差し指を押し当てたフォルテが考えるように天井を見つめれば、カーティオはニヤリと笑ってティエラとウェルスを順に見つめた。


「シルファなら何か知ってるかもしれないけどなぁ」


「俺達は知らない……」


 シルファは次期女王として約束されたティエラとウェルスの姉だ。双子の彼らの四つ上の彼女は、現在サードで帝王学を専攻している。


「確かに、次の女王様なら何か聞いてるかもね」


「でもさ、知ってたとして、教えれくれる?だって秘宝だよ?」


 ふふっと笑ったカーティオに、人差し指を唇に当てたままのフォルテが首を傾げた。そもそも秘宝と決まったわけでないのだが、だいたいこの二人が面白がると碌なことにはならない。こういう時に二人を止める立場のクラヴィスは、宝探しという言葉に瞳をキラキラとさせている。年不相応に落ち着いているかと思えば、こうして誰よりも幼い一面を持つクラヴィスに、この時ばかりは他のメンバー達も苦笑いを浮かべた。


「俺達は参加できないよ? だって偵察組だもん」


「え! 」


「……ぁ」


 ウェルスの冷静な突っ込みに、クラヴィスはあからさまにしゅんとして、フォルテもまたつまらないと口を尖らせた。


「と、とにかく。ちょっと見えてきたんじゃないか? やれそうな事」


 コホンと咳払いをしたリテラートがそう言いながら仲間たちを順に眺めると、すっとリデルが立ち上がった。リテラートの窺うような視線を受けたリデルはニヤリと笑う。


「そうと決まれば、シルファのところに行って話を聞かなくっちゃな」


 笑顔のままそう言い放つと、くるりと背を向けて扉に向かう。


「お前はシルファに会いたいだけだろ」


 溜息を吐いたティエラも立ち上がり、俺も行くからなとリデルの後を追った。そんな二人を見送ったリテラートは、あんぐりと口を開けて今まさにパタンと音を立てて閉まった扉を見つめている。


「何? あれ……」


「リデルはアカデミーに上る前からシルファのファンですよ」


 知らなかったんですか? とソリオは苦笑いでキッチンへと入った。未だ状況がつかめないリテラートに、クスクスと笑うカーティオも立ち上がると扉へと向かう。


「面白そうだから俺も行ってくる。ウェルス、部屋の鍵は開けといてね」


「うん、シルファによろしく」


 はぁいと楽し気な返事と共に、再度、扉はパタンと音を立てた。


「どういう事だ?」


「どうって、ソリオの言葉の通りだよ」


 リテラートの横から、今までカーティオの座っていた位置に移動したフォルテがくすりと笑った。


「一目惚れなんだってさ」


「へ、へぇ~」


 リテラートは未だ思考が追い付かないのか、曖昧に返すとソリオが淹れてくれたお茶を口に運んだ。


「正確にはティエラに……だけど」


 ぼそりと呟かれたウェルスの言葉に、今度は口に入れたばかりのお茶を吐き出す事になったリテラート。


「どどどど、どういう?」


「もう、リテラート、動揺しすぎ! 」


 何やってんだよというフォルテの言葉も、今の彼には耳に届いていないようだ。

 ウェルスの話によると、事の始まりは、リデルがサルトスへやってきたまだ幼い頃の事。ティエラの護衛として王宮に迎え入れられたリデルは、その日、女王と共に現れた王女に一目惚れをしたそうだ。その頃のティエラは背格好も顔もシルファとそっくりで、双子なのはウェルスとではなくシルファとではと言われるほどだった。それをいい事に、シルファは度々ティエラを自分の身代わりをさせていたそうで……つまりは、リデルが一目惚れした相手は、シルファの振りをしたティエラだったのだ。

 その後、すぐにシルファはアカデミーに入り、互いの成長が容姿も隔ててきたため、ティエラが身代わりをすることもなくなったが、事の真相を知るティエラとウェルスは、いまだにその事をリデルに言えずにいる。


「ウェルスはお父様似でよかったよ」


「なんで? 」


「だってさ、同じ顔してて会うたびに『どちらでしょう? 』とかされたら、僕、疲れるもん」


「それは俺も嫌だって……。ティエラならやりそうだけど」


 確かにねとその場にいた面々が頷いたところで、立ち直ったらしいリテラートが口を開いた。


「え、でも、カーティオはどうして知ってるんだ? 」


 面白そうだと言って追いかけたカーティオの様子から、彼もまた真実を知る一人ではないかと思ったのだが。


「カーティオには噂好きの精霊たちが味方に付いているからね」


 なるほど、と納得したリテラートはリデルが少し不憫になった。自分もまた真実を知った今、まさに、知らぬは本人ばかりとなったのだから。俯き、ほぉっと息を吐いたリテラートは、次にはステラの主席としての顔でここにいるメンバーを見渡した。


「まじめな話、秘宝がなかったとしてもウェルスの宝探しっていうのは良い案だと思うんだ。隠し場所へ繋がる謎をグループで力を合わせて解いていく。ソリオの提案を取り入れて、そのグループをファーストからサードまで混合にすればいい。もしも秘宝があるのなら……って、あってもそれを探しますって言って認められるとは思わないし、それを模したものを探すのでもいい。今年だけでなく、今後もアカデミー上げての行事としていくなら尚更、探すものは、毎年、秘宝を模したものを置いてもいいんじゃないかな」


 それはそうだ。例え、サルトスに伝わる秘宝があったとして、アカデミーの行事に使える様な代物とは到底思えない。秘密の宝だから秘宝だろうと、今頃はリデルたちもシルファに追い返されているかも知れない。

 ならば、あってもなくてもアカデミーの宝物を作ればいいのだ。そうすれば、自分たちが年を重ね、何時かこの場所を去る時が来たとしても、それは語り継がれていくはずだ。このアカデミーの創設の物語と同じように。


「とてもいいアイデアだね、リテラート」


 真っ先に賛成の意を示したクラヴィスは、参加できないのが残念だと笑った。しかし、リテラートはそんな彼を見てニヤリと笑う。


「参加はしてもらうよ。隠し場所を決めるのは、クラヴィス……君とフォルテ、ウェルスの三人だ」






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