第9話 画策-1


 アカデミーで奮闘するリテラートたちは、企画を進めるにあたって学生たちの動揺をいかに少なくするかと頭を捻っていたが、それは三国連名の発表によって解決する事になった。

 つまり、アカデミーの運営に対する要請であったそれは、ルーメン全土に公表され、学生のみならずルーメンに暮らす人々すべての知るところとなったのだ。それによりアカデミー内はもとよりルーメン中が、上を下への大騒ぎだ。無理もない、普段から多少は魔の存在の報告があるにしろ、ここまで大規模に対応する事などなかったのだから。


「いやぁ、せめて先に言っといてくれよって話だよな」


 その日の授業を終えてステラたちが集まったサロンで、ティエラがのんびりとリテラートの為にコーヒーを淹れながら呟いた。


「ティエラとウェルスにも連絡なかったの? 」


「なかったんだよねぇ。て、ことはさ、それだけひっ迫してるって事だろ?」


 キッチンのカウンターに頬杖をついて、ティエラの手元をじっと眺めていたフォルテは、う~んと気のない返事をした。フォルテの隣に移動してきたリテラートは、するりとフォルテの頭を撫でると同じように並んでティエラの手元へ視線を移した。


「でもさ、これで特にファーストの家族はアカデミーに入りやすくなっただろ? 」


 ひっ迫しているというティエラの言葉に、その線もあるだろうが、リテラートは三国の王たちに助け舟を出されたのだと考えている。恐らくファーストの学生たちの動揺を抑えるよりも、大人たちを動かし共に居ようとさせる方が効率的だと王たちは考えたのだろう。彼らとて、アカデミーの出身で在学中は自分たちと同じ立場にあったはずだった。

 そこまで考えて、リテラートは少し悔しくなった。自分は、そんなに頼りないだろうかと……。

 少し前、カーティオの精霊が父王から頼まれたのだと持ってきたのは、国祖の王が持っていたとされる宝剣だった。国王となる者に代々受け継がれてきたそれを受け取った時、父の激励を受けたと感じて嬉しかった。かなり古いものだが、よく手入れされていて、今でも十分に役割を果たせそうなそれは、父の手の中にある時からまるで自分の一部でもある様な気がしていたから。何時か、自分がそれを手にした時、父に、ルーメンに祝福をもたらす女神たちに認められるのだと、そう思っていた。


「騒ぎはすぐに収まるさ。そうしたら、次々と大人たちが小さな子供たちを連れてここへやってくる。それまでに俺たちは俺たちの出来る事をしよう」


「どうしたの?リテラート……何か変なものでも食べた?」


「……おい」


 相変わらずのフォルテの自分に対する扱いに、リテラートは苦笑いを浮かべる。しかし、フォルテの言いたい事も分かって、なおさらその顔を渋くするしかないリテラートは、ほぉっと息を吐いた。


「別に……父さんのやる事全部を否定したい訳じゃないさ。悔しいけど……今回は手をこまねいていたのも事実だしな。これは最良の方法だよ。多分ね」


 すぅっとリテラートの前にコーヒーが注がれたカップを差し出したティエラは、ふわりと笑った。そんなティエラの浮かべた笑顔と同じくらい、カップからは優しい香りが立ち上る。すんっとそれを吸い込んだリテラートは、自然と固まっていた心が解れていくような気がした。サルトスの王族は生まれながらに癒しの能力を持つというが、美味しいコーヒーを淹れられる、これも彼の持つ能力の一つだ。それは彼が自身で調べて、身に着けたもの……。

 コーヒーの香りとティエラの笑顔にリテラートが気付かされたのは、自分自身が一番『神子であること』に拘っていたということだった。


「ありがとう、ティエラ」


「どういたしまして。今日は特に上手く淹れられたから、絶対美味しいはず」


 ありがとうを、コーヒーの事と受け取ったティエラを敢えて否定することはせず、リテラートはカップを口元に運んだ。そろそろ他のメンバー達が、ここにやってくる頃だろう。束の間の休息、部屋に仄かなコーヒーの香りが広がっていた。

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