第11話 画策-3


 サードの学舎では、ちょうどその日の最後の授業が終わった所だった。


「シルファ様、ごきげんよう」


「ごきげんよう。また明日、研究室でね」


 シルファもまた、その日の日程を終えて、寮に戻るかサロンへ顔を出すかと迷っている所だ。さて、どうしたものかと帰り支度をしていると、何やら廊下の方が騒がしい。騒ぎを聞きつけた生徒は、教室を出て声のする方を眺めている。シルファもまた、それに続いた。

 眺めた先、教室から次々と出て来ていた生徒たちの向こう、見覚えのあるセカンドの生徒がこちらにやってくるのが見えた。かき分けたわけでないのに、三人を見てその道を明け渡す生徒たち。中には、頭を下げる者もいたが、女生徒の多くは悲鳴を上げた。


「相変わらずの人気だな」


「いや、これ、俺だけじゃないでしょ……」


 先頭を歩くティエラは、神子としてルーメン中に信望者が居る事は知るところだが、どうやらこの悲鳴の原因はティエラだけではないらしい。溜息を吐いたリデルは、両脇に視線を忙しく向けて、笑顔で手を振りながら歩くカーティオを苦笑いで眺めた。


「確かに……カーティオ、悪戯に愛想振りまくなよ」


「えぇ~折角歓迎してくれてるんだからさぁ。それに、リデルも大概だよ」


「まさか……そんな訳」


 カーティオの言葉に呆れ顔で周囲を見渡したリデル。すると、彼と目が合った女生徒の一人が悲鳴を上げて卒倒した。


「えっ……なんで」


「ほらな」


 呆気にとられるリデルを横目に、くすくすとカーティオが笑いだす。そんな二人のやり取りを後ろに聞きながら、ティエラは目的の人物を探していた。彼女は自分たちの前に立ちはだかる事はあっても、避けたりはしないだろうから。

 と、生徒たちが道を開けた先に、怪訝な表情をした彼女が立っていた。


「あ、いた。シルファ! 」


 先頭のティエラの言葉に、ずいっと彼を押しのけたリデルは前に出ると、彼女へ駆け寄った。


「シルファ、久しぶり」


「久しぶりね、元気そうで何よりだけど……あなた達何しに来たの?おかげで凄い騒ぎよ」


 せめて、告知してから来て、とシルファが呆れたように両手を上げた。


「ごめん……」


「まぁ、あなたとティエラがそういうのあんまり気にしないのは分かってたけど、カーティオ、あなたは分かっててやってるでしょ」


「ふふっ、だって、皆、優しくしてくれるから」


「相変わらずね。ところで、用件は例の事かしら」


「そう、それでシルファに聞きたい事があったんだ」


 頷いたティエラに同じように頷きを返したシルファは、廊下で立ち話などしたら人だかりが出来てしまいそうだと、三人をフテラのサロンへと誘った。


 フテラの主席でもあるシルファは、当然、今回の事を把握済みだ。リテラートからの協力要請に対しても、快諾の意を示している。最初にその話を耳にした時には、サードで采配するべきかと考えたが、女王伝いに守護石の事を聞いてティエラたちセカンドに任せるべきだと思い直した。恐らく、封鎖されるアカデミー内に居ながら外の状況を一番に把握できるのは、守護石を持つ神子たちだろうと。


「宝探しですって!? 」


 そんなシルファが、大きな声を上げたのはある意味仕方ないだろう。今回の事は、ルーメンの運命を左右すると言っても過言ではない事態だ。そんな時に宝探しをして過ごそうだなんて……と、思ってしまったのだ。


「シルファ、落ち着いて」


 わなわなと肩を震わせるシルファを、ティエラがまぁまぁと宥めにかかる。だが、それで納得する彼女ではない事もティエラも、一緒に来ていたリデルとカーティオも分かっている。シルファの向かいに座ったリデルが、柔らかな笑みを浮かべた。


「とりあえず、落ち着いて、話を聞いてくれる? 」


「……分かった。そうね、まずは話を聞くわ。その内容によっては、今後の指揮はサードで取る。いいわね?」


 はぁっと大きな息を吐き、自身を落ち着かせたようなシルファが聞く体制に入ったのを見て、カーティオが事の経緯を話し始めた。


「僕たちは、ただ有事をやり過ごすだけじゃなくて、その時間を有意義に使いたいんだ。ウェルスがフォルテ、クラヴィスと一緒に外へ出るのは聞いてると思うけど、彼らがここに戻ってきた時、ちゃんと笑顔で迎えてあげられるように……って。それと、今のアカデミーの在り方も少し考えなおしたい。もっと、学年同士の交流をしていきたいんだ。何時か、子供たちが自分たちの国に帰った時、それは必ず宝になる。そういう意味でも、今回は『宝探し』なんだ」


 カーティオの話をじっと聞いていたシルファがふっと笑い、同じく彼の話を聞いていたティエラとリデルを眺めた。そんな視線に気づかない二人は、カーティオを見つめてぽかんとしている。


「えっと、リテラートそんな事言ってたっけ? 」


「言ってないよ。けど、多分、ステラでは今頃、他のメンバーが同じような話を聞いてるはず」


 そんな三人のやりとりにシルファがついに堪え切れずに吹き出した。ティエラとリデルが、今度は彼女のその姿に言葉を失った。一頻り笑ったシルファは、さっとその笑顔を収めたかと思うと、挑むような視線をカーティオに向けた。


「本当に、何で貴方は継承権を放棄しちゃったのかしら……、いい国主になったでしょうに」


「人の上に立つのは、俺の性に合わないよ。それに、俺は敵も作りやすいしね。フォルテの方が絶対向いてる」


 シルファの視線を真っ直ぐに受け止めたカーティオは、眉根を下げて君だって分かるだろう? と肩を竦め、この話はここまでだと示した。同意するように頷いた彼女は、今度はその瞳にティエラを映す。


「意図は理解した。けど……ここに秘宝的なものがあったとして、それはサルトスの王家が代々守って来たものよ。その役目は、この国の歴代の女王たちが誇りをもって務めてきたもの。誰かに渡そうだなんて思わないし、渡せない」


「えっ、あるの? 秘宝……俺、知らないけど」


「あなたよ、ティエラ。サルトスの神子。常に神子が生まれ続けるこの国では、神子の存在そのものが宝なの。だから、私たちサルトスは貴方を……神子を護る為にここを作ったのよ」


 遠い昔、冬に起きた厄災から子供たちを護る為に作られたアカデミー。厄介ごととも言えるそれを引き受けたサルトスには、それ相応の理由があった。


「なんで……」


「私もそこまでは分からない。お母様に伺ったこともあるけれど、それを知るのは玉座に座る時だと言われたわ」



 残念ながら秘宝については収穫がなかったが、宝探しについてフテラの主席であるシルファの同意を得た事で一応の収穫を得た三人は、セカンドの校舎を目指していた。


「俺が居るから、俺を守る為にって……そんなの……」


 サードとセカンドの学舎の間にある中庭に差し掛かったところで、ティエラが足を止めて呟いた。


「精霊たちに聞いたら分かるかな……」


 シルファの言った事を思い出しているのか、そのままぐっと拳を握りしめて俯いたティエラを、リデルが何とも言えない表情で見つめていた。ウェルスにはなく、ティエラにだけに付けられた護衛。リデルの存在がシルファの言葉を裏付けている。


「残念だけど、精霊たちは教えてはくれないよ」


 ティエラの言葉に答えたカーティオは、そこに居るであろう精霊たちの姿を見ているのか、周囲へ視線を巡らした。なんで……と顔を上げたティエラは、カーティオの視線の先を見つめるが、何も捉えられなかった。


「契約……だろうね。遠い昔からずっと続く、精霊たちとサルトス王家との。さすがに俺もそこには割り込めない。俺は彼らと契約している訳じゃないから」


 ずっとこの国で暮らしているが、この国を覆う柔らかな神気を感じることは出来ても、精霊と呼ばれる存在をティエラは目にしたことがなかった。


「そんな昔から……でも、俺は」


 くるりと身体を捻りティエラへ向き直ったカーティオは、彼の言葉の先を受け取るように言葉を紡いだ。


「見た事なくても、ティエラは感じているだろう? 俺は見る事が出来る。ティエラは感じる事が出来る。リテラートは……どうなんだろうね。そう言えば聞いたことなかったな」


 神子にしか分からない、けれど、神子同士もその感じ方はそれぞれらしい。

 それまで二人のやり取りを見守っていたリデルが、ぽんぽんっとティエラの頭を撫でる。


「そんな難しい顔すんなって……。聞いてみればいいじゃん、リテラートにさ」


「あぁ見えてあいつって大雑把だからなぁ。分かんないとか言いそうだよね」


「……確かに」


 あははと笑う二人の姿に、ティエラがふっと身体から力を抜いた。

 サルトスの神子は、この国を出られない。自分から皆に言ったことはないが、仮にも神子の護衛としてここに居るのだからリデルは知っているだろう。小さい頃、外からの謁見者が訪れる度にシルファの身代わりを買って出ていたのは、彼女の代わりをすれば外の話を聞けるからだ。だから、フォルテとクラヴィスと共にウェルスが国外に出ると言った時には、正直羨ましかった。きっと、それまではウェルスの方が自分に対して抱いていただろう感情であることは承知の上で、そう、思ってしまった。

 しきたりなのだと言われて育ってきたが、シルファが女王となる時、自分がアカデミーを出て神殿に入る時、その理由は空かされるのだろうか。もしかしたら、一見自由に見えるカーティオやリテラートも、自分と同じように『神子』に縛られているのだろうか。

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