第49話 噂のハーブカフェ
私がルクスさんからのプロポーズを受けてから、二週間と少し。
「こんばんは」
「噂に聞く通り、盛況ねぇ」
閉店時間まで、あと三十分になったところでカフェに入ってきたのは、よく知る二人だった。
「ネイドさん、シャロンさん! すみません。お席で少し待っててもらってもいいですか?」
「早く着いちゃっただけだから、気にせず営業を続けて。私たちもハーブティーをいただくわ」
そう言って、すっとカウンター席に座るシャロンさんを見て、ここがお洒落なバーであるかのように錯覚する。
すごい……私の憧れる大人の女性そのものだ……。
いつか私もこんな風に、一人でバーに入れるようになってみたい。
「陛下にお会いしたんだって? あの人、策士だよね。オレは結構好き」
ネイドさんは、今日もきちんとした格好をしていた。
二人は一緒に住み始めたというから、日々シャロンさんのチェックが入っているのだろう。
「陛下とお知り合いですか?」
「王城にもいくつか魔道具を入れてるから」
ネイドさんはさらっと言う。
そうだ。この人、天才魔道具職人なんだった。
私のお菓子よりも、よほど便利で画期的な発明をしているのだから、陛下の目に留まって当然だ。
「本日のハーブティーはペパーミントとレモングラスのブレンドです。すっきりした気持ちになりますよ」
二人にハーブティーを出し終わったタイミングで、奥の二人席に一人で座っていた女性が席を立つ。お会計だ。
ルクスさんが動いてくれようとしたが、「私にやらせてください」とアイコンタクトを送る。
ここへ来た時から思い詰めた様子で、このまま放っておいたら、裏の湖に身を投げてしまいそうな印象だった。
できれば帰る前に、ひと声かけてあげたい。
誰かとの何気ない会話に、心が軽くなることだってあるかもしれないから。
「ブレンドはお口に合いましたか?」
私は敢えて明るく話しかけてみる。
俯きがちだった女性は、少し驚いたようだったが、微笑み返してくれた。
「ええ。とても気に入りました」
愛想笑いだろうな、となんとなく分かる。
それでも私は鈍感なふりをして、「今日飲んだハーブの持ち帰りもできますよ」と、笑顔で提案してみる。
「私は気持ちが不安定な時があったんですけど、毎日ハーブティーを飲むようになってから、落ち着きました」
胡散臭い押し売りのようだな、と自分でも思うが、このくらいぐいぐい行かなければ、彼女の心には響かない気がする。
「そうなのね……じゃあ、買って帰ろうかしら」
「瓶のサイズが大小二つありますが、どちらにしましょう」
見本を見せると、女性は小さな声で呟いた。
「可愛い……」
「ありがとうございます」
丸っこくて花のレリーフの入った瓶は、私も可愛くてお気に入りだ。
本当は缶が良かったけれど、技術的な面で難しく、今の形に落ち着いた。
ラッピングを含めてこだわりすぎたせいで、正直儲けはあまりないのだが、私は見た目の可愛さに癒されることも大事だと思っている。
「折角だから、大きい方にします」
「余り物ですけど、おまけでお菓子もつけておきますね」
お会計を済ませた後、私はカウンターを出て見送った。
「またお越しください」
「……はい」
余計なお世話だったかもしれないけど、店を出る時の彼女は少しだけ目に光が宿って見えたから、話しかけたことは間違いじゃなかったと思いたい。
「今の、マイヤー商会長の奥さんだわ。可愛がってたペットが亡くなって、塞ぎ込んでるって噂」
カウンターの中に戻ると、シャロンさんが小声で言う。
「たかがペットであんなに落ち込む?」
「そういう冷たい言葉が、余計にあの人を傷つけたのかもしれないわね」
思ったことをそのまま口にしたのであろうネイドさんに、シャロンさんはぴしゃりと言う。
「商会長のところは確かお子さんがいなかったから、自分の子どものように可愛がっていたのかも」
ルクスさんも、商会長夫人の気持ちに寄り添った発言をしたので、ネイドさんは「想像力が足りませんでした」と拗ねた口調で謝った。
「この世界では一般的でないのかもしれませんが、私が前いた世界ではペットも大切な家族で、ペットロス症候群という言葉がありましたよ」
何に悩み、何に苦しむかは人それぞれだ。
今の話を聞いて、「そんなことで」と決めつけないようにしようと、自分を戒める。
「彼女、ハーブカフェの噂を聞いて、訪れたのかしら」
「行くと願いが叶うカフェ、だっけ」
シャロンさんとネイドさんが、聞いたことのない噂を口にする。
「いつの間にそんな噂が……」
以前、国王の使者が訪れた時に居合わせたお客さんたちには、人に勧める時はお菓子のことには触れず、ハーブティーの話をするよう頼んだ。
それが巡り巡って、『行くと願いが叶うカフェ』の噂になったのだろうか。
せめて、『願いが叶うかもしれないカフェ』にしてほしかった。
変な苦情が来たらどうしよう……と考えているうちに、最後の一組が席を立つ。
今日はこれで店仕舞いだ。
お会計はルクスさんに任せて、私はディナーパーティーの準備を始めた。
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