第46話 規格外のご褒美
ルクスさんは王都でいくつか済ませたい用事があったらしく、私たちは予定いっぱい公爵邸のお世話になった。
滞在中、公爵に手伝ってもらい、お菓子レシピの譲渡契約を結ぶことができたので、ひと安心だ。
そう思って、コンラードに引き上げてきたのに、帰って数日も経たないうちに、国王の使者がカフェを訪ねてきた。
その日は久しぶりに店を開けた日で、居合わせたお客たちは皆、何事かとこちらを覗き込んでいる。
「陛下より、こちらを預かっております」
私は書状を二つと、真っ赤なドレスを賜った。
ドレスについては、ぱっと見て、私には着こなせない代物だと悟る。
なんとなく派手好きのようだったから、これは私に似合うと思って選んだのではなく、きっと陛下の趣味だろう。
もしかしたら、ルクスさんが以前持っていた真っ赤なコートも、陛下からの頂き物だったのかもしれない。
そして、一つ目の書状は、私を菓子職人として認めるといった内容だった。
ルクスさん曰く、身分証にもなるし、何か困り事があった時に、あの時代劇でお馴染みのご印籠のように突きつけることもできるらしい。
元は異世界の住人だった私にとって、国王に存在を認めてもらえることは、非常にありがたい。
「もう一つは何でしょう?」
分厚い紙の束には『土地の利権書』と書かれていた。
まさかと思って中身を捲ると、国有だった王都の土地を一区画、私に譲ると書かれている。
「中心街の一等地だね」
思考停止する私に、ルクスさんが言う。
「えっ?」
そんな馬鹿な。レシピ譲渡にあたって、既に十分すぎる報酬をもらうことになっているのに、土地までいただくことになるなんて。
「ルクスさん、どうしましょう……」
手をガタガタ振るわせ尋ねる私に、ルクスさんは平然と「よくあることだよ」と答えた。
居合わせたサイモンさんに「よくあるんですか?」尋ねると、「そんなわけないだろう!」と軽く怒られる。
たぶん、ここにいる人たちは、ルクスさんが何者かを知らないのだろう。
彼がこれまで、どんな功績を上げて、どんな褒美をもらってきたのか。恐ろしくて、店先では訊けそうにない。
「陛下より褒美を賜るとは、とてつもなくすげぇことだ。俺はうん十年生きてきて、初めて聞いた」
「たまたま陛下が甘いものをお好きで、運が良かっただけですよ」
大事になるといけないので、私は日本人らしく謙遜で返す。
ところがもう、手遅れだった。
「今日はある菓子、全種類食べるぞ。次いつありつけるか分からんからな」
サイモンさんがそう言ったのをきっかけに、あちこちのテーブルからお菓子の注文が入る。
「私も!」
「こっちもお願い!」
「え、ええ……?」
使者の方まで、「私もいいですか?」と遠慮がちに尋ねてくる。
嬉しいけど、私が本当に楽しんでもらいたいのはハーブティーなのに!
「困ったことになったね」
「ですね……」
「たぶん、これからもっと噂が広まって、お菓子目当ての客がここに押し寄せるよ」
人々でごった返すカフェを想像して、私はぞっとする。
それは思い描いていた店の姿と、あまりに違いすぎる。
「まずは、居合わせた人たちに緘口令を敷きましょう。それでも駄目なら、お菓子の販売はやめにするか、別の方法を考えます」
簡単なお菓子はレシピを販売して、誰もが作れるようにしても良いし、カフェを閉めてお菓子だけを売る日を作る手もある。
とはいえ、できれば変な噂が広まらず、今の営業スタイルを続ていければ良いのだが。
「いいの? 陛下は王都にお店を開けるよう、土地を与えたんだと思うよ」
「本当にそうなら、いただいた土地はお返しします。巨万の富も、名声も、私は要りません。ルクスさんも、そうですよね?」
住居兼の小さなお店。手入れの行き届いたハーブ園に、丁寧に乾燥されたドライハーブたち。木の温もりを感じる家具と、緩やかに流れていく時間――。
前オーナーから引き継ぎ、ルクスさんが大切に作り上げてきた優しい世界を、私は生きていたい。
「……そうだね」
ルクスさんは、目を細めて笑う。
私はもう、元いた世界に帰ることはないだろう。神様に突然、「帰してあげるよ」と言われても、ここに残ることを選ぶ。
自分の中で、はっきりと答えが出た。
あとは、伝えるだけだ。
「今晩、お時間いいですか?」
「週末じゃなくて大丈夫?」
「後回しにすると、いつまたトラブルが起きるか分からないので」
私はくすりと笑って、仕事に戻る。
そういえば、いつの間にか私は、前世にまつわる悪い夢を見なくなっていた。
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