第45話 その手をとって

 城を出て馬車に乗り込んだ瞬間、ルクスさんは膝に手をつき、深く頭を下げた。


「僕が発案したことなのに、同行できず、怖い思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」


 改まった謝罪の言葉に、私はどう反応して良いか分からなくなる。


 昨晩王城に呼び出された後、ルクスさんが戻らなかったのは、陛下が強く引き留めたからだろう。


 私を試すような演出をしたのも、陛下の趣味に違いない。


 ルクスさんが、理由もなく約束を破るような人でないことを、私はよく知っている。


「ルクスさんが謝ることではないですよ。頭を上げてください」

「本当にごめん……どうにか知らせたかったんだけど、ほとんど脅されたようなもので、結局どうにもならなくて」


 ルクスさんはしゅんと項垂れる。


 昨晩はろくに眠れなかったのか、寝かせてもらえなかったのか、目の下にはうっすらとクマが浮かんでいた。


「陛下は噂通り、癖の強い方でしたね」

「性格はまぁ……あんな感じだけど、国王としては有能だから、彼女のことは任せて大丈夫だと思う」


 ルクスさんは苦笑いをしてから、窓の外へと視線を移す。


 かっこいい。


 私は精悍な横顔に見惚れた。


「今日のルクスさん、新鮮です。騎士団の制服ですよね?」


 黒い布地に青のライン。以前、カフェに立ち寄った元同僚――オリンズさんの服装とよく似ている。


 ルクスさんが着ているものの方が、全体的に装飾が華やかな印象で、左胸のあたりにたくさん付いているのは勲章だろうか。


 アニメや漫画から、そのまま出てきたような雰囲気だ。


 高校時代の友人に制服萌えの子がいて、当時は大して良さが分からなかったけど、今なら熱く語れるような気がする。


「これも、陛下に無理やり着せられたようなものだよ」

「素敵です。似合ってます」


 体のラインが出る服だからスタイルの良さが際立つし、前髪を上げているのも、大人っぽくて良い。


 香水をつけているのか、何だか爽やかな良い匂いまでしてくる。


「スズが気に入ってくれたなら、着た甲斐があった」


 ルクスさんは照れくさそうに微笑む。


「一人で盛り上がってしまってすみません。前の世界では騎士様というと、物語に出てくるかっこいいキャラクターのイメージがあって」


 素直に「かっこよくて見惚れた」と言えば良いのに、私は変な言い訳をして話を誤魔化す。


「かっこいい、かぁ……。確かに僕も、騎士団に入る前は、そういうイメージがあったかも」


 うっかり「現実は違いましたか?」尋ねようとして、言葉を飲み込んだ。


 やはり騎士団時代のことは、ルクスさんの中に棘として残っているらしい。


 騎士団服姿がかっこいいと、無邪気にはしゃいでいた自分を殴りたい。


「……スズには話しておかないとね」


 急に黙り込んだ私を気遣ってか、ルクスさんはそう言って、騎士団時代のことを話し始める。


「前にも言った通り、僕は十五の時に騎士団に入った。初めは期待に応えたいと思っていたし、国を守るという使命に燃えていたよ」


 でも――。


「戦争が長引くにつれ、仲間をたくさん失った。それ以上に多くの敵を手にかけた。そしてある時、手の震えが止まらなくなったんだ」


 いつも顔を見て話してくれるルクスさんが、この時ばかりは視線を合わせようとしなかった。


 どこか遠くを見つめるようにして、途切れ途切れ言葉を紡いでいく。


「それでも騙し騙し戦場に出ていたら、今度は魔力を上手くコントロールできなくなってしまって」


 ルクスさんは「今は回復してるんだけどね」と付け加える。


「それで、停戦合意をきっかけに、騎士団を離れたいと申し出たんだ。逃げたところで、争いごとがなくなるわけではないのに。情けないよね」


 そう言って、自嘲気味に笑う表情があまりにも痛々しくて、私は考えるよりも先にルクスさんの手を握った。


「情けなくなんてないですよ」


 シャロンさんから、戦時中の活躍を聞いていた。マルベリーさんと陛下も『最強の魔法騎士』と呼んでいた。


 ルクスさんが戦うところを私は見たことがないけれど、そう称されるだけの実力があるのだろう。


 ただ、いくら『最強』でも、すべてを守りきれるわけがなくて、『最強』だからこそ、敵軍の殲滅を求められる。


 優しくて、誠実なルクスさんのことだ。

 責務を全うして期待に応えたい気持ちと、誰も傷ついてほしくないという本心で、心が揺れていたのではないだろうか。


 悪いのはルクスさん個人ではなく、戦争そのものなのに。


「騎士と言えば聞こえは良いけど、血に汚れた手だよ」

「違います。誰かを想い、寄り添える、優しい人の手です」


 私はこの手に救われた。


 失われた命は確かにある。けれど、ルクスさんによって救われた人もたくさんいたはずで、きっとそれはこれからも、形を変えて続いていくと思う。


「話してくださり、ありがとうございました」

「お礼を言うのは僕の方だよ」


 霞がかっていた心が、晴れ渡っていくような感覚がある。


 ルクスさんも、同じような気持ちだったら良い。


 私たちは手を重ねたまま、ただ黙って公爵邸に着くのを待った。

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