第43話 癖強な王様

 ダリウス陛下の苛立ちを肌で感じ、私は内心『終わった』と思う。


 前世では、部長の理不尽な説教に耐えて、耐えて、耐えまくってきたのに、目の前でルクスさんを馬鹿にされたことが、どうしても許せなかった。


 マルベリーさん、計画を台無しにしてごめんなさい。


 私は心の中で謝罪してから、陛下に再び言い返す。


「私はルクスさんと、ルクスさんのハーブに命を救われました。魔法以外にもルクスさんの取り柄はたくさんありますし、必要とされる場所もあります」


 グラスティア王国の未来の前に、私の未来が危うくなってきた。


 それでも、発言への後悔はない。


 どうせ一度は死んだ身だ。投獄でも、処刑でも何でも来い! と開き直って沙汰を待つ。


「ふふふ……ははははは!」


 陛下は突然、失笑したかと思うと、ついには腹を抱えて笑い始めた。


 な、何事……?


 それまで彫刻のように控えていたルクスさんが、姿勢を崩して溜め息をつく。


「陛下、お戯れが過ぎますよ……」


 しばらく笑い続けていた陛下だったが、どうにか呼吸を整え、呆気に取られる私に言う。


「合格だ!」

「へ?」


 陛下は先ほどよりも親しげな様子で、ルクスさんに話しかける。


「見た目は子犬のようにか弱く、愛らしいのに、なんと強い女性か。ルクス、彼女を逃すなよ」

「それは善処しますけど、責任持って、彼女たちに事のあらましを説明してあげてください」

「その前に、ハーブティーをもらおうか。笑い過ぎて喉が渇いた」


 それを聞いた王の従者はティーカップの準備を始めるが、陛下に「下がれ」と言われてしまう。


「謁見時は誰かが同席する決まりです」

「それならここに最強の魔法騎士がいる。問題ない」


 従者はまだ何か言いたそうだったが、陛下があまりに頑ななので、渋々出て行った。


「スズ、代わりに淹れてあげて」


 ルクスさんに言われて、私はハッとする。


 従者に置いていかれたトローリーの前に立ち、いつもの要領でハーブティーを淹れた。


 お菓子と一緒にハーブティーを出そう、と提案したのは私だ。


 マルベリーをベースにリンデン、セントジョンズワート、オレンジピールなどを入れて、お菓子の邪魔をせず、落ち着けるようなブレンドにしてある。


 ハーブティーを淹れるところまではいいとして、どうやってお出しすればいいんだろう?


 給仕は従者がしてくれると聞いていたので、礼儀作法は未履修だ。


「スズさん、私が運びます」


 焦る私の心情を察したのか、マルベリーさんが引き受けてくれる。


 普段は世話をしてもらう側だろうに、彼女は難なくティーカップを献上した。


 陛下はハーブティーをひと口飲むと、満足げに「悪くない」と呟き、私に向かって話を続ける。


「無礼を詫びよう。先ほどの言葉は君の反応を窺うためのもので、真意ではない。ルクスのことは一人の人間として尊敬しているし、ハーブの効能は侮れないと思っている」


 要するに、先ほどのルクスさんを馬鹿にしたような態度は演技だったというわけだ。


 私はひとまず胸を撫で下ろす。


「ルクスに大事な女性ができたという噂を耳にして、興味が湧いた。昨晩呼び出して話を聞けば、その相手が謁見予定の菓子職人だと言うから、一芝居打ってみようと思ってな」


 陛下はそう言ってケラケラ笑う。


「貴方の思いつきで振り回される人の身になってください」


 ルクスさんの陛下に対する発言は、なかなか辛辣だった。


 変わっているけど、悪い人ではない。

 そう称される理由が分かった気がする。


「君が素晴らしい女性であることも、優秀な菓子職人であることも分かった。もしよければ、このレシピは買い取らせてほしい。それと、望みがあれば可能な限り叶えよう」


 陛下は足を組み、何をお願いしても了承してくれそうな余裕に満ちた表情で言う。


 私はしばらく悩んだ。


 ルクスさんに返せるだけのお金はほしい。

 でも、それよりも大事なことがあるのではないか。


「レシピは……私だけの力で完成させたものではないので、お金は要りません。その代わり、二つ願いを聞いてもらえないでしょうか」


 陛下の顔色を窺いながら、交渉に臨む。


「何だ、言ってみよ」 

「一つは、ここにいる彼女の相談に応じること。もう一つは、ルクスさんが望むのであれば、騎士団に戻らなくていいよう便宜を図ることです」


 ルクスさんは目を見開き、マルベリーさんは背後で「自分の願いを言うべきです」と呟く。


「本気で言っているのか?」


 陛下は怪訝そうに尋ねる。


 私は震える声で「はい」と答えた。


「二つとも却下だ」


 それは困る。


 ルクスさんの件は、そう簡単に了承してもらえないにしても、マルベリーさんの話は聞いてもらいたい。


 何故駄目なのか、尋ねようとした私の言葉を遮って、陛下は言った。


「君に頼まれずとも、応じることだからだ。他に望みはないのか?」

「えっ……と……、……特にありません」

「何と無欲な。それなら、褒美はこちらで適当に見繕うことにする」


 私の呆けた返事を聞いた陛下は、つまらなそうに欠伸をする。


 よく分からないけど、私の願ったことが二つとも叶うのなら何よりだ。


「陛下、マルベリーの件はともかく、私の処遇についてはどういうことでしょう」


 自身の処遇について、何も聞いていなかったのであろうルクスさんが迫ると、陛下はようやく真意を述べる。


「お前は優しすぎる。魔法の才に溢れる一方、戦いに向かないことは分かっていた。だが、エゼライとの小競り合いが続く限り、手放すわけにはいかなかったのだ」


 停戦合意が結ばれた直後、ルクスさんから騎士団を離れたいとの申し出があり、陛下はちょうど良いタイミングだと思ったらしい。


「騎士団を辞めさせ、私の直轄に置こうと考えているが、どうだ? もちろん職務に応じるのは有事の時だけでいい」


 ルクスさんの顔が揺らいだ。


 一瞬、泣きそうな、感極まった顔をしてから騎士の顔つきに戻り、陛下の前に跪く。


「……ありがたきお言葉、拝受します」

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