第42話 危機的状況
謁見の日――。
私とマルベリーさんは早朝から王城に入り、厳重な監視のもとお菓子作りを進めた。
陛下の口に入るものなので当然なのだが、基本的には王城の厨房が用意した食材を使わなければならないというルールがある。
それでも持ち込みたい特別な調理器具や食材は、王城のシェフによるチェックが必要だ。
誰かにじっと見られながら調理をするというシチュエーションにも、なかなか緊張させられる。
よし、完璧!
季節のタルトとチーズケーキに、色とりどりのマカロン、それからマルベリーさんが中心となって作ったパウンドケーキ。
これらをケーキスタンドに盛り付け、フルーツや生クリームを絞って飾り付ければ、陛下に献上するためのお菓子は完成だ。
「君」
「は、はい……何か不手際がありましたか?」
これまで見ているだけだった初老のシェフに声をかけられて、私はぎょっとする。
「どこでその技術を身につけた?」
「私の故郷のレシピをもとに、試作を重ねて作り上げました」
故郷がどこかを聞かれると困るが、嘘ではない。
シェフはそれ以上追求しようとはせず、お菓子を見て尋ねた。
「……そうか。試食をさせてもらっても?」
「余っているものでしたら、大丈夫です」
毒味……? それとも完成度チェック……?
私はマルベリーさんと顔を見合わせた後、ドキドキしながら評価を待つ。
「このレシピは金になる。容易に人に見せるべきではない」
シェフが放った思いがけない言葉に、私は目を丸くする。
そうか……。この世界ではきっと、レシピそのものが高値で取引されるんだ。
ネットにレシピが溢れかえっている世界で育った私は、「ご助言ありがとうございます」としか言えなかった。
代わりにマルベリーさんが、「ルトヴィエ公爵に相談します」とそれらしい返事をしてくれる。
「もし陛下がお気に召されたら、レシピの買い取り交渉をするといい。私から聞いたことは内緒でな」
職人気質で気難しそうに見えたが、とても親切な人だ。
「ありがとうございます!」
私はお礼を言って、キッチン周りを片付け始める。
シェフにも褒めてもらえたし、お菓子の方は問題ない……と信じたい。
それよりも今、一番気がかりなのは、昨日から行方をくらましているルクスさんのことだ。
昨晩、王城に呼び出されたと言って出て行ったきり、戻ってきていない。
王城に入るところまではルトヴィエ公爵が付き添ってくれたが、厨房に入る手前で別れたきりだ。
謁見の間に移動するタイミングになっても、ルクスさんが姿を現すことはなかった。
「とうとう現れませんでしたね」
「どうしてしまったんでしょう」
入室後の挨拶や段取りは、一応ルクスさんと事前確認を済ませていたが、私たちだけで陛下と対峙することになるとは思いもしなかった。
私より場慣れしているはずの、マルベリーさんの手が震えている。
自分にも余裕なんてないのに、私は彼女の手をとって「大丈夫ですよ」と声をかけた。
「どうぞお入りください」
激しく緊張しながらも、ゆっくり開いていく重厚な扉を前に、二人だけでもやり遂げなければと腹を括る。
「失礼します。お菓子の献上に参りました、スズと申します」
お菓子が載ったトローリーは王の従者に任せ、私たちは部屋に入ってすぐ、床に片膝をついて頭を下げる。
「
部屋の様子を確認できたのは、陛下の許しを得てからだ。
ルクスさん……?
前方の壇上、椅子に座る陛下の傍に控えるようにして、騎士団服姿の男性が立っている。
前髪を上げ、腰に剣を差し、いつもより険しい風貌をしているが、間違いない。
こんなのは予定になかったけど、どういうこと?
「君がルクスのお気に入りか」
陛下は、困惑して立ち尽くす私を見下ろし、愉しそうに笑う。
ルクスさんばかりに気を取られていたけれど、癖があると噂の陛下は、想像したようなおじさんではなかった。
まだお若い。四十……いや三十代?
金の長髪を肩のあたりでまとめ、赤いビロードのマントを身に纏っている。
王様というより、ド派手なホストといった印象だ。
「何をしている。早く菓子を持ってこい」
「陛下、毒味がまだです」
「ああ。いい、いい。監視のもと作られたんだろう。そのまま食べる」
従者は慌てるが、結局は指示に従うしかない。
ケーキスタンドのお菓子を小皿に取り分け、陛下に差し出した。
本当に甘いものがお好きなのだろうか……と心配になったが、陛下はマカロンをひとくちで食べ終え、「気に入った」と宣言する。
「騎士団を去り、わけの分からん草に夢中になっていると聞いて呆れていたが、優秀な菓子職人を見つけてきたことは褒めよう」
陛下はルクスさんに語りかける。
ルクスさんの表情は少しも変わらなかったけど、称賛しているようで相手を見下す陛下の言葉に私はカチンときた。
「とはいえ、お前自身は魔法以外に取り柄がないのだから、いい歳して自分探しなんてしてないで、さっさと騎士団に戻ってこ――」
「陛下、僭越ながらわけの分からない草ではなく、ハーブです。本日も持参しておりますので、お菓子と一緒にお召し上がりください」
私は後先考えずに声を張り上げ、話を遮る。
やたらと広い謁見の間に、しばらく沈黙が流れた後、陛下は苛立ちを抑えることなく言った。
「私に口ごたえするとは、いい度胸だ」
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