第五章 誓いのマウロブルー

第41話 公爵邸にて

 ルクスさんが手配してくれた馬車でコンラードを出て、途中一泊と何度か休憩をしながら、ようやく王都に着いた。


 ずっと座っていたから、お尻と腰が痛い……。


 私は腰をさすりながら、公爵邸の玄関で馬車を降りる。


 すると、仰々しく並んだ使用人の群衆から、黒い影が飛び出してきた。


「スズ! いらっしゃい!」

「エリック! こんなすぐに会えるなんて!」

「王城に呼ばれたんだって? 国王陛下万歳!」


 およそ二ヶ月ぶりの再会に、エリックははしゃいでいるようだ。

 私のスカートの裾を掴んで、ぴょんぴょん飛び跳ねている。


 その間に、使用人たちは慣れた様子で馬車から荷物を下ろし、どんどん建物の中へと運んでいく。


 とても手伝える雰囲気ではなくて、ただただ貴族の暮らしぶりに圧倒された。


「体調は大丈夫?」


 自身の愛馬で馬車と並走してきたルクスさんは、座って運ばれてきた私よりもずっと元気そうだ。


「途中、少し酔いましたが、悪路を抜けてからは治まりました」

「今日は何もないから、身の回りのことは公爵邸の人間に任せてゆっくりしていて。僕は騎士団に顔を出してくるよ」


 ルクスさんは私の頭をポンと撫でると、再び馬に乗り、「エリック、スズは疲れているから、遊ぶのはほどほどにね」と言い残して去っていった。


 同じように馬車に乗っていたマルベリーさんも平然としているので、私に体力がなさすぎるだけかもしれない。


 エリックはそんな私を気遣ってくれる。


「屋敷を案内しようと思ってたけど、少し休む?」

「いえ、大丈夫です。ずっと座っていたので、むしろ歩かないと」


 私はぐっと背筋を伸ばす。


 若い頃は腰痛を感じることなんてなかったのに、老いとは恐ろしいものだ。


「ところで、そっちの人は誰? スズの世話係?」


 私の背後にひっそり佇むマルベリーさんを見て、エリックは首を傾げる。


 確かに、今日の彼女は『菓子職人見習い』として、地味なドレスを着て、控えめな振る舞いをしているのでメイドのようにも見えるかもしれない。


 けれど、実際彼女は一国の王女で、エリックよりも恐らく上の立場だ。


 私と出会った時のように、エリックが相手を見下した発言をしてしまわないかヒヤヒヤする。


「諸事情あって、お菓子作りを手伝ってもらっているマルベリーさんです。私のお友達なので、仲良くしてくださいね」


 そう紹介すると、マルベリーさんが背後で「友達……」と、小さな声で呟いた。


 どうしよう……。

 庶民ごときが友達を名乗るなんて不敬だ! と思わせてしまったのかな?


 不安になる私だったが、マルベリーさんは『友達』の称号を気に入ったようだ。


 どこか誇らしげに「スズさんの友人、マルベリーです」と挨拶する。


「カフェを手伝ってるの?」

「そうですね」

「それなら僕の後輩だ!」

「そうでしたか。それでは先輩とお呼びしても?」

「許可しよう」


 先輩と呼ばれたエリックは、ドヤ顔で言う。


 私は慌ててマルベリーさんに耳打ちをした。


「根はいい子なんですけど、もしかしたら失礼なことを言ってしまうかもしれません」

「平気ですよ。未来の公爵ですから、プライドが高くて当然です」


 マルベリーさんは弟がいるというだけあって、エリックの扱いが上手かった。


 エリック自身も、以前のように蔑んだ物言いをすることはなく、楽しそうに公爵邸の案内をしてくれる。


 カフェのことを『犬小屋』と形容するのも頷けるような、広大な敷地と建物で、客室だけでも一棟分あるらしい。


 こんなの最早、五つ星ホテルだ。


 公爵は外出中とのことだったが、夫人と生後半年の赤子への挨拶を済ませて、私たちは各自の部屋に通される。


 私に与えられた部屋も、一人分なのかと驚くほど広かった。


「只今お飲み物をお持ちします」

「えっ、あっ、はい。ありがとうございます」


 至れり尽くせりの状況に、私はソワソワしてしまう。


 ルクスさん、早く帰ってきて……!!


 そう願うものの、ルクスさんが屋敷に戻ってきたのは、豪華ディナーが済んだ後だった。




◇◇◇




「スズ、大丈夫?」

「緊張して肩凝りが……」


 今日は一日中、ルクスさんに心配されているような気がする。


 公爵邸の料理人が、腕によりをかけて作ったというディナーはとても芸術的だったけれど、格式ばった食事に慣れていない私に味わう余裕なんてなかった。


「気持ちは分かるよ。僕も義母も、慣れないうちはそんな感じだった」


 ルクスさんは私を慰めた後、声をひそめて話を続ける。


「さて、本題だけど」


 ルクスさんは帰ってくるなり、人払いをした応接間に、私とマルベリーさんを呼び出した。


 騎士団に出掛けて、何か分かったことがあるのだろうと、私は話に集中する。


「色々と情報を探ってきた。今、グラスティアに入っている情報は、第一王女殿下の訃報だけ。それも持病の悪化と伝えられている」

「お姉様に持病などありません。事を荒立てないための嘘でしょう」


 背筋を伸ばし、静かに話を聞いていたマルベリーさんは淡々と返事をする。


「そうだろうね。エゼライ側が動くとしたら、一週間後に控える会談のタイミングだと思う」


 訃報を受け、グラスティア王国は日程調整を提案したが、エゼライ側は当初の予定にこだわりを見せたらしい。


「この日は先方の希望で、王子との面会も予定されている」

「親の目の前で残酷に殺せ。目撃者は多ければ、多い方がいい……。私が断片的に聞いた話と一致します」


 グラスティア国王への謁見が叶うのは明後日だ。


 そこで説得できれば、エゼライ王国の陰謀は止められるかもしれない。

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