第37話 緊張のマルベリーティー

 早朝。カタン、という微かな物音が聞こえた瞬間、隣で寝ていたルクスさんが飛び跳ねるように部屋を出て行った。


 私も目を擦りながら起きて、後を追う。


「こんな朝早くに、どこへ行くつもり?」


 ルクスさんは、私のコートを着て玄関に佇むマルベリーさんに問いかける。いつもより威圧的で、冷たい声だ。


 彼女はこちらに背を向けたまま黙り込む。


「お礼も言わず、勝手にコートを拝借して出て行こうした無礼は謝ります。ですが私は、先を急がなくてはなりません」


 しばらくして出てきた言葉がそれだった。

 

 ルクスさんが暗に引き留めてるのにもかかわらず、マルベリーさんは鍵を開けて出ていこうとする。

 

 ところが彼女が一生懸命押しても、引いても、扉は開かなかった。


「魔法ですか……」

「空気の流れを少しいじっただけだよ」

「流石、王国最強の魔法騎士」


 マルベリーさんが薄笑いを浮かべて言うと、ルクスさんはぴくっと反応を示す。


「違いましたか? ルクス……ルクス=ルトヴィエ隊長ですよね」

「……」


 えっと……このぴりついた空気は一体何?


 今にも喧嘩が勃発しそうな、緊張感漂う雰囲気に耐えられなくなった私は、二人の間に割って入る。


「あの! マルベリーさんにのっぴきならない事情があることは分かりました。でも、今の状態で一人外に出るのは危険です。私たちに出来ることがあれば、協力するので言ってください」


 昨晩倒れたばかりだというのに、急ぎ出て行って、体調が悪化したらもともこもない。


「……私がエゼライ王国の人間だとしても、同じことが言えますか?」


 マルベリーさんは真っ黒な目で私を見つめて言う。


 エゼライって、敵国の? 


 停戦合意をして、ひとまず戦争は終わったと聞いているけど、どうしてこんなところに?


「わ……私はお手伝いしたいと思いますけど……」


 それは私が、過去の戦争を経験していないから言えることだ。


 恐る恐る隣の彼に視線を送る。


「君が何者で、何の目的でここにいるのか次第かな」


 ルクスさんは意外にも冷静だった。


 先ほどまでの圧は緩み、ただ少し眉尻を下げて困ったような表情をしている。


 マルベリーさんは「ふっ」と短く息を吐くと、胸元に手を当て、軽く頭を下げた。


「私の本名はソワ=レイス=エゼライ。エゼライ王国の末の姫です。以後お見知りおきを」




◇◇◇




「どうぞ。マルベリーベースのハーブティーと焼き菓子です」


 サーブする手がカタカタと震える。


 相手は隣国の王女様だ。

 何か失礼があれば、国際問題に発展しかねない。


 公爵家の皆さんの次は王女様って、このカフェはどうなってるの!?


 オロオロする私に、彼女は落ち着いた声で言う。


「今はただのマルベリーなので、気になさらないでください」

「そうは言いましても……」


 ピンと伸びた背筋や、前髪を耳にかける仕草――どれをとっても洗練されていて、今やもう、自分とは別次元の高貴な存在としか思えない。


 彼女は流暢にグラスティアの言葉を話しているが、これも王族として当然の知識教養とのことだ。


「正体がバレてしまう方が困るので、普通に接してもらえると嬉しいです」


 そう言って口もとを綻ばせるマルベリーさんに、思い切って「それならもっと、ガサツに振る舞ってみてはどうでしょう」と返す。


 すると、彼女は真剣な様子で「確かに」と頷き、突然カウンターに頬杖をついた。


「こんな感じ?」

「そ、そうですね。それなら王女様には見えないと思います」


 私は笑ってしまいそうになるのを必死に堪える。


 なんとなく、清楚でお堅いイメージがあったが、もしかしたら天然で面白い人なのかもしれない。


「ガサツな演技、難しいですね」


 真剣な表情で呟くマルベリーさんに、私は「無理を言って済みません」と謝った。


「温かいうちにどうぞ」

「いただきます」


 あまり表情豊かでないマルベリーさんだが、同じ名前のハーブティーを飲んだ瞬間、ふっと笑みをこぼす。


「……美味しい」

「マルベリーは糖の吸収を抑えるので、甘いものとの相性もいいんですよ」


 甘いお菓子を食べに来る女性に人気のブレンドだ。


 マルベリーは苦味の少ない緑茶のような味で、私は物足りなく感じてしまうけど、飲みやすいのでシングルで頼む人も多い。


「エゼライでも桑の葉のお茶はよく飲まれますが、これは柑橘系の風味もあって奥深いです」

「マルベリーだけだと素朴になりすぎるので、レモングラスを混ぜています」

「お菓子も、とても美味しいです」


 マルベリーさんは、お菓子の盛り合わせをあっという間に平らげる。


 どうやら気に入ってくれたらしい。

 お代わりがあることを伝えると、すぐに「いただけますか?」と返事があった。


「エゼライの王族は皆、白髪だと聞いていたけど君は違うんだね」


 どことなく嬉しそうにお代わりを食べていたマルベリーさんだが、ルクスさんに話しかけられるとスンッとテンションが下がる。


「白い髪は目立つので、布の染料で染めています」


 心なしか、話す言葉も棒読みだ。


 喧嘩にならないよね? とひやひやしながら二人の様子を見守る。


「それで、密入国した理由は?」

「父の陰謀を止めるためです。これは嘘ではありません」


 マルベリーさんは、三回目のお菓子のお代わりをすると、少しずつ経緯を話し始めた。

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