第32話 新たなルーティン

 少しだけ変わったことがあるとしたら、ルクスさんと「おやすみ」の挨拶をする時に、ハグをするようになったことくらいだろうか。


「スズ、もう寝るよね?」

「はい。おやすみなさい」


 ほんの数秒、体を触れ合わせるだけのスキンシップで、初めはドキドキしていたけれど、最近ようやくそれにも慣れてきた。


「ルクスさん……」

「どうかした?」

「何でもないです」


 あれ、私、何で名前を呼んだんだっけ?


 気まずくなって、慌てて二階に上がろうとする。


「スズ」


 呼び止められて、もしかしてと期待した瞬間に気づいた。

 

 ああ……私、一緒に寝ようって言われたいんだ。

 本当はもっとルクスさんに触れてみたいし、触れてほしい。


 私から言ってみてもいいのかな……? ベッドに誘ってるように聞こえて、はしたない女って思われる?


 よく考えたら、告白にもまだはっきりとした返事をしていない。普通はそっちが先だろう。


「この前の木彫り人形、届いたって」


 ルクスさんに話しかけられてハッとする。

 私の期待とは全く関係ない、昼に届いた手紙のことだ。


「手紙、公爵家からだったんですね」

「うん。読む?」


 ルクスさんは、カウンターに置いてあった手紙をとって渡してくれる。


 茶色い封筒の中には、エリックが一生懸命お礼を綴った便箋と、公爵が近況を綴った便箋の二つが入っていた。


「王城での修行は延期になったんですね。元気にしてるようで何よりです」

「素行が見違えるほど良くなって、使用人たちも驚いてるらしい。公爵曰く、ここで働いた経験が良かったんじゃないかって」


 確かに、公爵からの手紙にはそう書かれている。

 寒い日に心温まる、良い知らせだ。


「エリックも会いたがってるみたいだし、春になったら、長期休暇を作って王都に遊びに行こうか」

「いいですね。王都……どんなところなのでしょう」


 私はまだ見たことのない地に想いを馳せる。


 そして、公爵家の人たちと再び会う時までには、私たちの関係をはっきりさせておきたいと思った。


「ルクスさん、次のお休みに話したいことがあるんです」

「今でもいいよ?」

「仕事のことではないので、ゆっくり話したいと思いまして」


 ルクスさんは意図を察したのか、真剣な表情で「分かった」と答える。


 当日になって慌てないよう、あと三日のうちに何を話すか整理しておこう。




◇◇◇




 翌朝、目覚めると外は一夜にして銀世界となっていた。


 夜のうちにかなり降ったらしく、足首が軽く埋まるほど雪が積もっている。


「まだ降り止まなそうですね」

「例年より冷えるのかも。早めに冬越しの準備をしておいて良かった」


 多年草のハーブたちは、根を残してカットされたり、鉢植えに移して軒下や室内に避難させられたり、ルクスさんによってしっかり守られている。


 一年草のハーブは種を回収しておいて、春になったらまた育て始めるそうだ。


 生命力の強いハーブが多いから楽だよ、ってルクスさんは言うけど、何だかんだ大変だし、やっぱり好きじゃないとできないだろうな……。


 私のお菓子作りもそうだ。それなりに手間はかかるけど、好きだから楽しくやれている。


「今日はサイモンさんも来れないって言ってましたし、お客さんはあまり来ないかもしれませんね」

「雪が降る時期は、街からのお客さんは減るかもしれないけど、物流関係は動くから立ち寄ってくれるかもしれないよ」


 ルクスさんがそう言った直後、扉が開いて寒さに凍えた青年が入ってくる。


「さ、さむい、死ぬ」

「いらっしゃいませ。大丈夫ですか?」


 黒い制服……騎士団の人?


 実際に騎士団の服を見たことがあるわけではなかったけど、そうではないかと直感する装いだった。


「オリンズ……」

「ル、ルトヴィエ隊長!?」


 二人のやりとりを見て確信する。


 この人、ルクスさんの元同僚だ!


「どうしてここに?」

「色々ありまして。伝令任務の途中だったんです」

「……エゼライ関係?」

「いや、はい、まぁ。そんなところですけど、大したことではないんです。それより一大事はこの雪ですよ!」


 オリンズと呼ばれた赤毛の青年は、自身の体をぎゅっと抱きしめ、ガタガタ震えている。


 騎士団の制服は、アニメや漫画に出てくるようなかっこいいデザインだった。

 肌の露出はないけれど、雪が降る中、コートなしでは凍えるだろう。


「どうしてそんな薄着で来たの」

「南はびっくりするほど暖かかったんです。こんなの異常気象ですよ」

「仕方ないな」


 ルクスさんは溜め息をつき、掌を彼に向けると、ふわっと温かい風が吹いた。


 髪を乾かす時に使ってくれていた、対象を温める魔法だろう。


「ありがとうございます。流石です……!!」

「ここを出る時は、僕の使ってない上着をあげるよ」


 オリンズさんはルクスさんに懐いているように見える一方で、ルクスさんは幼馴染や公爵家の人に対してとは、また違った雰囲気で彼に接している。


 なんというか、扱いが少し雑だ。


「何か飲んでく?」

「温かいものをください。あと何かお腹を満たせるものがあると嬉しいです」

 

 オリンズさんは夜通し馬を走らせていたのだと言って、疲れた様子でカウンター席につく。


「スズ、余り物でいいから朝食を用意してあげて」


 ルクスさんはそう言って、ハーブティーの準備を始める。


「何か嫌いな食材はありますか?」

「いえ、特にないです」

「それならこちらで適当に作りますね」

 

 ベーコンと卵のホットサンドを作って、昨日の余りのラタトゥーユとグリーンサラダ、剥きりんごを載せれば、特別モーニングプレートの完成だ。


「どうぞ」

「あ……ありがとうございます」


 オリンズさんは、今度は逆に温まりすぎたのか、ぼんやり私を眺めてからルクスさんに尋ねる。


「隊長、こちらの可愛らしい方は……?」


 ルクスさんは咳払いをしてから、「僕の大切な人」と答えた。


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