第四章 傾国のマルベリー
第31話 とある一日
夜、眠る前にカーテンを開けておいて、降り注ぐ朝日の眩しさで目を覚ます。
ルクスさんが起きるのは、それよりも早かったり、遅かったり。
でも、私が洗面を済ませる頃には大抵、外に出て庭仕事をしてくれている。
私はざっと身支度を整えた後、エプロンをして、髪を括って、朝食の準備に取り掛かる。
今日は、昨日のうちに準備しておいたフレンチトーストを焼いていく。パンが余りがちの時によくやるメニューだ。
「雪が降ってきた」
外から戻ってきたルクスさんは、玄関でコートについた雪を払う。
「わぁ、いつの間に。この世界で雪を見るのは初めてです」
「これから飽きるほど見れるよ」
ルクスさんは苦笑した。
この程度の雪なら、さほど影響はなさそうだが、積もるようになるとお客さんが減ってしまうかもしれない。
室内に関しては、暖房用の魔道具があって本当に良かったと思う。
「ミルクでいい?」
「はい。こっちももうすぐ出来上がります」
朝食は毎日二人で食べる。
ルクスさんも、私も、お喋りなタイプではないけれど、最近はお店のことを話していると、あっという間に開店時間だ。
看板を出しに外へ出ると、常連客のサイモンさんが、寒さに体を丸めながらやって来る。
「おはようございます。中へどうぞ」
「おはよう。いつものよろしく」
「本日のハーブティーですね。余りパンのフレンチトーストは食べますか?」
「おっ。今日はあるんだ」
残り物が多い日に限って、モーニングサービスをしている。
朝イチは来店客が少ないので特別だ。
「代わりと言っちゃなんだけど、これこの前のチビちゃんに」
いつもの定位置――カウンター席に座ったサイモンさんは、上着のポケットから木彫りの小さな人形を取り出す。
「猫ですか? 可愛いですね」
「スズちゃんも欲しけりゃ今度作るよ」
「いいんですか? いただけたら部屋に飾ります。これはあの子に送りますね」
サイモンさんは近くに住む、熟練の家具職人だ。
このお店の椅子やテーブルは、サイモンさんが若い頃に手がけたものだという。
フレンチトーストの準備をしていると、この時間にしては珍しく、立て続けにドアベルが鳴った。
「ルラさん、おはようございます! 来てくれたんですね」
現れたのは、プレオープンぶりに来てくれた隣家のマダムだった。
「主人がこの時間、村の会合で不在だからちょっと息抜きにね」
「そりゃ黙っとかないとな」
「頼んだよ」
サイモンさんとルラさんは、わははと笑う。
近所の人たち皆、仲が良くて何よりだ。
常連さんと楽しく過ごしていると、若い男性が遠慮がちに入ってくる。
「すみません。持ち帰りができるって聞いたんですけど、お土産用のお菓子はありますか?」
「はい、ありますよ」
お菓子の持ち帰りを求めるお客さんは、時間帯問わず比較的多い。
特に日持ちする焼き菓子が人気なので、多めに用意するようにしている。
「じゃ、こちそうさん。明日は来れないから、また明後日」
「はい。お待ちしています」
店が混み始める頃になると、常連さんたちは気を遣って帰っていく。
そして、昼が近づくにつれ、私はランチの準備でてんてこまいだ。
「こんちわっす」
リュッカさんが配達に来るのは二日に一度。
荷物の受け取りは、基本的にルクスさんが対応することになっている。
「ありがとう。これ、次の注文表と頼まれてたやつ」
「焼きたてっすか。母ちゃん喜ぶと思います。あと、この前もらったショップカード、もうなくなりそうって言ってました」
「ほんと!? 次までに用意しておきます!」
魚を焼いていた私は、横から割り込んで返事をする。
ポワレに挑戦してみたところ、火加減が難しくて苦戦中だ。
それなのに、何故か立て続けに日替わりランチの注文が入り、正午を過ぎる頃には売り切れてしまった。
一番忙しいのはお昼時だけど、夕方にかけては、お菓子を食べに来る人が増えてくる。
コンラードの街から来る、若いカップルや女性が多い印象だ。
「あのぉ……四人なんですけど入れます?」
「今片付けるので、メニューを見ながら外のベンチで少しお待ちいただけますか?」
タイミングが悪いと小さな店内は満席で、外のベンチで待ってもらうことになる。
「まだランチ大丈夫ですか?」
「定番の方なら大丈夫です」
「デザートセットでお願いします」
一人で立ち寄ってくれるお客さんも多い。
特に、街と街を行き来する仕事をしている人たちは、食事をしに寄ってくれる。
「あの、美容に良いハーブティーはありますか?」
「ありますよ。ルクスさん、お願いします」
ローズヒップやローズは美容に良くて、見た目も香りも華やかなハーブティーになるが、人によっては酸味や渋みに抵抗があるかもしれない。
難しいオーダーは、ルクスさんに頼むに限る。
それにしても、ルクスさんと話してる若い子たち、明らかに私の時とテンション違うなぁ……。
ルクスさんは、年齢問わずよくモテる。
たまに私にこそっと「結婚してるの?」「恋人はいるの?」と聞いてくるお客さんがいて、返事に困ってしまう。
「そろそろ閉めましょうか」
営業は十八時までと決めているけれど、大抵はそれよりも早く、食材がはけ、来店が途切れたところで店を閉める。
看板を仕舞いに行こうとしたところ、息を切らした中年男性が飛び込んできた。
「ギリギリセーフ?」
「アウトです」
「えー。スズちゃんの淹れるハーブティーを楽しみに、今日まで生きてきたのに〜」
「一杯だけならいいですよ」
最近よく来るようになってくれたお客さんだ。
職業は分からないが、仕事の都合なのか、大体閉店間際に駆け込んでくる。
ルクスさんは、この人のことがあまり好きではないらしい。
彼が来るたび、見たことのないような形相で睨んでいる。
陽キャな感じで、正直私も得意でないのは内緒だ。
「じゃ、また来るねー」
「今度はもう少し早い時間に来て、のんびりしていってくださいね」
こうして店仕舞いを終えた後は、次の日の仕込みをする。
仕込みが追いついていない時は、ルクスさんが夕飯を作ってくれるので、本当にありがたい。
夕食をとり、シャワーを浴び、ルクスさんが私のためにブレンドしてくれたハーブティーを一杯飲んで、就寝準備を済ませたらあとは寝るだけだ。
これが私のとある一日。
忙しい日々だけど、睡眠時間は十分確保できているし、好きなことをしているから楽しくて充実している。
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