第30話 レモンバーベナティーと家族の笑顔

 エリックはルクスさんに抱き上げてもらうと、ハーブの戸棚を眺めて悩み出す。


「うーん、どれにしよう」

「難しく考えなくていいんだよ。どんな味にしたいとか、どんな気持ちになってほしいとか、自由にイメージしてみて」


 ルクスさんはハーブの効能や、ブレンドに詳しいけれど、それよりも大事なのは相手を想う気持ちだとよく言う。


「ここまで来るのに疲れてるだろうから、リラックスしてほしいな。苦くないのがいい」


 エリックがイメージを語ると、それをもとにルクスさんがハーブを選ぶ。


「そうするとレモンバーベナがいいかな。エリックがここへ来た時、飲んだハーブだよ」

「それにする!」

「少しカモミールも混ぜようか」


 レモンバーベナの爽やかな味わいが、カモミールを入れると少しまったりして、私も好きなブレンドだ。


 その組み合わせなら、綺麗な黄色のハーブティーが出来上がるだろう。


「レモンバーベナとカモミール……あった!」

「落とさないようにね」

「兄上こそ、僕を落とさないでよね」

 

 二人とも楽しそうだ。


 私はスライスしたパンに自家製のベシャメルソースを塗り、ハムとチーズ、それから胡椒とローズマリーを少々振りかけてサンドする。


 あとはフライパンで、こんがり焼いたら出来上がり。


 ハーブティーが入る頃に合わせて、軽食とお菓子をサーブする。


 エリックはというと、自分の選んだハーブティーの出来栄えが気になるようで、両親がティーカップに口をつける様子を傍でじっと見つめていた。


「どう?」

「美味しいわ。ほっとする味ね」

「以前飲んだものよりずっと飲みやすい。これなら毎日でも飲めそうだ」


 両親の言葉を聞いて、エリックは「やったー!」と飛び跳ねる。


「このケーキも美味しい! ハーブティーとよく合うわ」

「トーストもシンプルだが、独創的で素晴らしい」


 料理まで褒めてもらい、私も内心「やったー!」と喜ぶ。


 レシピに関しては、自分で一から開発したわけでないけれど、このくらいの『チート』は許してほしい。


「騎士団を辞めると言い出した時には驚いたが、良い店だな」


 公爵に褒められたルクスさんは、「スズのおかげです」と言ってこちらを見る。


「いえ、私は何も。私こそルクスさんに雇ってもらえて助かっています」


 話を振られると思っていなかった私は驚いて、公爵に向かって頭を下げた。


 ルクスさんは「そんなに謙遜することないよ」と言ってくれるが、こういう時はどうしても日本人の癖が出てしまう。


「エリックも、とても立派だったわ」


 母親に褒められたエリックは、「当然」とばかりにドヤ顔をするかと思いきや、意外にも「そうかな……」ともじもじしている。


 私はなんだか学校の先生になった気分で、夫人に言った。


「お会計時の計算も早くて、この歳でこんなにしっかりしていることに驚きました」

「きっと父親に似たのね」


 夫人は公爵を見て微笑む。


 とても幸せそうな夫婦だ。見ているこっちまでほっこりしてしまう。


「さて、食事が済んだら発つとしよう。エリック、帰る準備をしておいで」

「分かった」


 エリックは自分の鞄を取りに二階へ戻る。

 私も一緒について行って、忘れ物がないかを確認する。


「コマは持ったね。服も今日洗った分は入れた……」

「忘れ物してもいいよ。また取りに来るし」

「今度はちゃんと、両親の許可をとってから来てくださいね」


 ほんの数日の間だったけど、姉のような、母親のような、特別な経験をさせてもらった。


 賑やかな存在がいなくなってしまうと思うと、ひどく寂しい。


「はい、これ。今日働いてくれた分のお給料です」


 ルクスさんと相談して、予め用意しておいた封筒を渡す。


「これだけ?」


 思った通り、エリックは中身を見て首を傾げた。


 その額一万リット。公爵家のご令息には端金かもしれないが、庶民が一日働いて得られる一般的な金額だ。


「庶民の相場だから、エリックは不満かもしれないけど――」

「ううん! 初めて自分で働いてもらったお金だから大事にする。ありがとう」


 エリックの言葉にじーんと胸が熱くなる。


 子どもの成長は早い。

 賢くて、根は素直なエリックだから、きっといつか立派な公爵になるだろう。


「スズも今度、うちに遊びに来てよ!」

「そうですね。お招きいただければ」

「そんなのいらないよ。スズも家族なんだから」


 エリックはぎゅっとハグをしてくれた。

 私もハグを返して別れを惜しむ。


 駄目だ。この歳になると涙腺が緩くて、泣いてしまいそうだ。


 泣かないようにぎゅっと唇を噛んで、ルクスさんと二人で見送りに出る。


「じゃあねー! スズも、兄上もお元気で!」

「また会いましょうねー!」


 見たこともないような、立派な馬車に乗り込んでいくエリックに手を振って、別れの挨拶を交わす。


 最後に公爵が、思い出したかのように振り返って私に告げた。


「スズさん、ルクスをお願いします」

「は、はい!」


 公爵が何を意図して言ったかは分からないけど、私は反射的に頷いて、三人が乗り込んだ馬車はゆっくりと走り出す。


「行っちゃいましたね」

「寂しい?」

「かなり」


 ルクスさんは「僕がいるよ」と囁き、私の手を取って指を絡める。


 ルクスさんは、いつまでここに居られるんですか?


 本当は訊かなければいけないけど、私はそっと目を瞑り、厳しい寒さの中、ただルクスさんの温もりを感じていた。

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