第29話 仲直りの後に

 私はベッドに腰かけ、シーツの中のエリックに話しかける。

 

「エリックは、お父様とお母様のことが嫌いなんですか?」

「違う。父上と母上が僕のことを嫌ってるんだ」

 

 不貞腐れた、刺々しい言葉が返ってくる。

 

 私が「そんなことないと思いますよ」と言うと、シーツの塊は「スズに僕の何が分かる!!」と叫んで、また一段と丸まってしまった。

 

「……そうですね。私には父親も母親も、兄弟もいなかったから、理解が十分でないかもしれません」

 

 仮にいたとしても、公爵家の嫡男であるエリックとは立場が違っただろうから、結局すべてを理解できるなんてことはなかったと思う。

 

「でも、あのお二人はエリックのことが大事だから、使用人に任せるのではなく、自ら駆け付けたんじゃないですか?」

 

 それだけは分かる。きっと、エリックも分かっているはずなのだ。

 

「エリックが、ずっとここに居たかったら居てもいいですけど、本当はそうじゃないでしょう?」

 

 念のため、暴力を受けたことや、理不尽に叱られたことがないかをエリック本人に確かめる。


 やはり虐待されているような事実はなくて、寂しいということを上手く言葉にして伝えられなかったエリックと、それを見抜けなかった両親との間に生まれたすれ違いが、家出の発端らしい。

 

「大人も完璧じゃないんです。間違えることだってある」


 自戒するように呟いて、私は言葉を続ける。


「どうしてほしかったのか、これからどうしたいのか、よく話し合ってみてください。素直に伝えれば、きっとご両親は向き合ってくれると思いますよ」


 もぞもぞと白い塊が動く。

 

 エリックはしばらく黙り込んだ後、「分かった」と言って、シーツの中から出てきてくれた。


 猫のような、丸い吊り目が可愛い六歳の男の子。


 私が池で助けた子どもも、このくらいの歳だったな。


 これから彼らの歩む道が、どうか希望に満ち溢れて幸せであってほしいと、アラサーのおばさんは願わずにいられない。

 

「二人を呼んできますね」

 

 私は一階に戻り、公爵と夫人をエリックのもとへと案内する。

 

 母親に抱きしめられ、わんわん泣き始めたエリックを見て、私はそっとその場を後にした。

 



◇◇◇




「もう大丈夫だと思います」

「ありがとう。スズがいてくれて本当に良かった」


 私は、カウンター席に座るルクスさんの隣に腰を下ろす。


「ルクスさんは、エリックが産まれた時に寂しいと思いましたか?」


 なんとなく尋ねると、ルクスさんは「それ、昨日エリックにも聞かれたよ」と苦笑した。


「僕は養子だし、エリックが産まれた時にはもう二十歳を超えていたから、寂しいという感覚はなかったな」


 ルクスさんはそう答えた後、しばらく間をおいてから言う。


「エリックには内緒だけど、むしろ公爵家を継がなくていいと分かってほっとしたんだ」

 

 あ……。

 

 時折見せる、どこか影のある笑顔。

 ルクスさんは自分や過去についてを語る時、よくこの表情をする。

 

 彼はたぶん、自己開示をするのが苦手だ。

 

 私も苦手だけれど、私が堪えきれなくなって吐き出してしまう一方で、ルクスさんはずっと胸のうちに溜め込んでいるように思う。

 

「ルクスさんは、どういった経緯で養子になったんですか?」

 

 今までは触れずにいたが、もしかしたらルクスさんなりに話すきっかけを作ろうとしてくれるのかもしれないと思い、一歩踏み込んで聞いてみる。

 

「騎士団に入って、立場が上がるにつれ出自の面でやりづらくなってしまって。そんな時に、後ろ盾になると言って養子にしてくれたのが公爵なんだ」

「そうなんですね」

「恩義に報いたいとは思ってる。求められれば、できる限りのことはするつもりだよ」

 

 そう告げるルクスさんの表情は、あまり明るくなかった。

 

 本音ではきっと、騎士団からも公爵家からも離れて、ここで暮らしたいのだろう。

 

 でもそれは、もしかしたら難しいことなのかもしれない。

 

 二階の扉が開き、人が下りてくる音がする。

 私は慌てて椅子から立ち上がり、三人の登場を待った。

 

「兄上、酷いことを言ってごめんなさい」

 

 母親と手を繋いで下りてきたエリックは、開口一番ルクスさんに謝る。

 

「いいんだよ。僕が約束を破って連絡をしたのが悪かった」

 

 エリックがルクスさんに向かって両手を伸ばすと、ルクスさんもそれに応えてぎゅっとハグをし、抱き上げた。


 公爵夫妻もその様子を穏やかに見守っている。

 

 家族が仲直りして、めでたし、めでたし。

 

 それで終われば良かったが、元気を取り戻したエリックは、両親に向かって自慢げに言った。

 

「父上、母上。僕、今日一日ここで働いたんだよ!」

 

 ひえええええ。 

 

 勝手にお宅の息子さんを働かせてしまって済みません。職場体験みたいな感じで、良いかなと思ったんです! 

 

 咎められるかもしれないと思い、内心ビクビクする私だったが、夫人はにこりと微笑んだ。

 

「まぁ、そうなの? 偉いわね。上手にできた?」

 

 エリックは褒められて嬉しかったのか、興奮気味に尋ねる。

 

「スズ、注文をとってもいい? 父上と母上に見せたい!」

 

 私が「いいですよ」と頷くと、エリックは張り切ってロールプレイを始めた。

 

「ご来店ありがとうございます。お二人ですね、空いてるお席にお座りください」


 私の真似をして両親を席へ案内すると、カウンター裏から取ってきたメニューを手渡す。


「メニューをどうぞ」

「ハーブカフェ?」


 不思議そうな顔をするお客さんへの説明も、お手のものだ。


 エリックは、これまた私を見て覚えた言葉を口にする。


「ここはハーブティーを提供するお店です。ハーブを選ぶのが難しければ、お任せすることもできます」

 

 公爵と夫人は、少し驚いた表情で顔を見合わせてから「それならお任せで」と頼んだ。


「他にはいかがですか? お菓子が人気で、今あるものだと……」

 

 エリックが、キッチンに立つ私の方をちらっと見るので、『チーズケーキ』と口を動かす。

 

「チーズケーキがお勧めです!」

「チーズのケーキ? 面白いわね。それにするわ」


 今あるものの中で、一番の自信作だ。

 普段から良いものを食べているであろう、二人に通用するかは分からないが。


「私はそうだな……このクロックムッシュというものはあるかな?」


 私が頷くと、エリックは元気に「はい!」と答える。


「エリックは君に似て商売上手だな」

「そうですか? 何も言わずとも、あなたはお花をたくさん買っていったように思いますけど」

 

 夫婦が楽しそうに会話をしている間に、私は軽食の準備に入る。


 その傍で火を沸かし始めたルクスさんは、まだかまだかと待ち構えるエリックに声をかけた。


「エリックがハーブを選んでみる?」

「いいの!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る