第28話 公爵家の迎え

「あ~、疲れたー」

 

 営業時間が終わり、エリックは椅子にぐたりと座っている。

 

 遊び気分で手伝ってくれたらいいなと思っていたが、朝から夕方まで、本当に一生懸命働いてくれた。


 言葉遣いや態度は言いつけを守って完璧だったし、会計時の計算も私より早いくらいで、とても頭のいい子なのだと思う。

 

 将来、ルトヴィエ家を継ぐのは実子のエリックだ、とルクスさんは言っていた。


 これは私の個人的な願いだけど、捻じれず、驕らず、立派な大人になってほしい。

 

「今日の夕飯は、じゃーん! 大人のお子さまランチ(夜だけど)です!」

「何それ、変な名前」

「深いことはお気になさらず」

 

 サラダ、ナポリタン風スパゲッティ、エビフライ、目玉焼きハンバーグ、マッシュポテト、ウインナーを少しずつ、可愛く盛り付けたワンプレートを食卓に並べる。

 

 聞きなれない名前に訝しんでいたエリックだったが、ひと目見て歓声を上げた。

 

「すごい、賑やかだ!」

「エリックが頑張ってくれたので、私も頑張りました」

 

 スパゲッティでクマ、マッシュポテトでウサギをかたどったり、にんじんを星の形に切ったり、エリックはキャラ弁のような飾り付けを気に入ってくれたらしい。


 あっという間に元気になって、テーブルに身を乗り出している。

 

「これは何だ?」

「それはタコさん、カニさんウインナーです」

「面白い。初めて見た。兄上も見て!」

「本当だ、美味しそう」

 

 ルクスさんも席につき、三人で食事をする。エリックが来てから二日経ち、それが自然になり始めていた。

 

 店内にいると、ガタガタガタと表通りを走る荷馬車の音が時折聞こえてくる。

 それがある時、カフェの傍でぴたりと止まった。

 

「来たかな」

 

 ルクスさんはカトラリーを置いて席を立つ。


 エリックはトマトソースで汚れた口元をぬぐって「お客さん?」と尋ねるが、ルクスさんは「二人は食事を続けて」と言って出ていった。

 

 公爵家からの迎えが着いたのだと悟った私は、食事のスピードを上げるとともに、エリックにも早く食べてしまうよう促す。

 

 ルクスさんが人を連れて戻ってきたのは、ちょうどエリックが最後のウインナーを食べ終えた時だった。

 

 エリックと同じ髪色をした五十歳くらいの男性と、若い亜麻色の髪をした女性がカフェに入ってくる。


 派手な格好はしていなかったけれど、特に男性の方は、纏う雰囲気からこれまで出会った誰とも違う、高貴な方だとすぐに分かる。

 

 女性はエリックに気づくと、うるうると涙ぐんだ。

 

「エリック!! ああ、よかった……本当によかった……」

「母上? 父上もどうしてここに……」

 

 再会を喜ぶ母親をよそに、エリックは両親の登場に顔を強張らせる。

 

 実は私も、まさか公爵夫妻が直接迎えに来るとは思っていなかったので、こんな気を抜いた姿で出迎えて良かったのかと内心焦っていた。

 

 ただ、それもすぐにどうでもよくなる。

 

「兄上が知らせたな!! 裏切り者め!!」

 

 癇癪を起こしたエリックが叫んで席を立った瞬間、テーブルの上の食器が落ちてガシャーンと割れた。

 

 エリックは「僕は帰らないからな!!」と言って、二階に駆け上がる。

 

 母親が「エリック!!」と名前を呼んでも、彼は留まることはなく、扉が勢いよく閉まる音だけが響いた。


「ああ……どうしましょう、私のせいよ……」


 ショックによろめく夫人を公爵が「君だけのせいではないよ」と抱き留める。


 私はどうして良いか分からずに、ひとまず落ちた食器を片付けようとするが、ルクスさんに止められた。


「片付けは僕がやるよ。スズはエリックの話を聞いてあげてほしい」

「一体何があったんですか?」


 家出をして遥々ここまで来ること自体、ただならぬ状況だけど、まさか両親にあそこまで拒絶を示すなんて。


 答えをくれたのはルクスさんではなく、公爵だった。


「私たちが、あの子への接し方を間違えたんだよ」


 エリックは、前妻に先立たれた公爵と、貧しい花売りだった夫人との、大恋愛の末にできた子だそうだ。


 ルクスさんの言っていた通り、皆が甘やかして育てたせいか、段々と我が儘が目に余るようになってきた。


「今思えば、我が儘が手に負えなくなったのは下の子が生まれてからだわ……。それなのに私、厳しく叱ってしまったの」


 夫人はハンカチで涙を拭う。


「このタイミングで王城に修行に出そうとしたのも良くなかった。古くからある慣習だが、捨てられるように感じたのだろう」


 エリックは『僕のことはいらないみたいなので、自分から出ていきます』といった置き手紙をして、家を出たらしい。


「まさか、こんな遠くまで来てるとは思わなかった……」

「六歳の割にしっかりしてますから。でも、本当は年相応に甘えたいんですよ」


 ルクスさんは、いつもより丁寧な口調で公爵に話す。

 親子というより、上司と部下の関係に見えた。


「スズ、お願いしてもいい?」


 私でいいのかな? という気持ちが半分。逆に、ルトヴィエ家から一番遠い私がいいのかもという気持ち半分で、私は二階へと上がる。


 そして、閉ざされた扉を静かにノックした。


「エリック、スズです」


 返事はない。

 私は反応を窺いながら、扉を開ける。


 灯りをつけると、そこには丸くなったシーツの塊があった。

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