第27話 縮まる距離

 まさか三人並んで、川の字で寝ることになるなんて……。


「寝た?」

「みたいです」


 先ほどまで、ベッドの上を飛び跳ねてはしゃいでいたエリックは、私とルクスさんの間で電池が切れたように眠ってしまった。


 隣から、すぅすぅと健やかな寝息が聞こえてくる。


 ルクスさんの部屋で寝るという状況に落ち着かず、そわそわしているのは私だけだろう。


 なかなか眠れなくて、それでもどうにか眠ろうと目を閉じていると、ルクスさんが突然力強く言う。


「エリックには明日言おうと思う」

「何をですか?」


 公爵家から迎えが来る話かなと思いきや、ルクスさんの答えは全然違っていた。


「僕もスズと家族になりたいから、婚約は諦めてくれって」


 私は思わず「えっ」と言ってしまう。


 もしかして、エリックが「婚約者にする!」と言い出してからずっと、そんなことを考えていたのだろうか。


 時折、変な表情をしていたのも、もしかして……。


「思い違いだったら恥ずかしいんですけど、今日それでモヤモヤしていましたか?」


 尋ねると、しばらく沈黙した後に「子ども相手に妬いて、大人げないよね」という言葉が返ってくる。


「大人げないというより、ルクスさんにも可愛いところがあるんだなぁ、と思いました」

「恥ずかしいから言わないで。こんなの初めてなんだよ」


 ちらっと横を見ると、ルクスさんは手で顔を覆っている。


 正直私は、子どもに嫉妬するほど、ルクスさんが私のことを想ってくれていると知れて、嬉しかった。


 返事を先延ばしにして、ルクスさんを振り回しているのは私なのに。


「返事ができていなくてごめんなさい。でも、どうして私のことを好きになってくれたのかなとか。この先幻滅されないかなとか、考えると不安で」


 素直な気持ちを吐露すると、ルクスさんも同じように打ち明けてくれる。


「うん、そうだよね。僕も普段少しカッコつけてるところがあるから、情けないところを見せて嫌われないか心配かも」


 ルクスさんでも、不安になったりするんだ。


 情けないところを見ても、私はきっと嫌いになったりしない。むしろ、見せてほしい。


 もしかしたらルクスさんも、私に対してそんなふうに思っているのかな。


「こうやって少しずつ、お互いのことを知っていけたらって思います」

「そうだね。僕はスズが運動苦手って今日知った」


 ルクスさんは笑い混じりに言う。

 馬鹿にしているわけではなくて、「そんなの些細なことだよ」と言ってくれているような感じだ。


「あと実は結構怠惰です。仕事だ! って思わないと頑張れません」

「でも無理して頑張って、潰れちゃうことがあるんだよね」

「よくご存知で」


 私も笑う。


 よく考えみれば、酔い潰れた時に結構な醜態を見せたはずだから、それでも好きだと言ってくれるルクスさんの気持ちは本物なのかもしれない。


「あの時は、僕が守ってあげなくちゃって思ったな。でもスズは直向きで、僕なんかより強かったりもして、知るたび好きになっていくよ」

「……私も。ストッパーを外したら、どんどん好きになっていきそうで怖いです」


 衣擦れの音。


 私の方に身を乗り出したルクスさんと目が合って、「好きになってよ」と懇願される。


 そして、唇にそっと触れるだけのキスをした。


「んん」


 間に挟まれたエリックが、鬱陶しそうな寝息を立て、私たちは現実世界に引き戻される。


「ルクスさんは結婚したいではなく、家族になりたいという言葉を使うんですね」

「何だか、そっちの方が自然な気がするんだ」

「私もそんな気がします」

 

 もうほとんど返事をしているようなものだったけど、私たちは敢えて言葉にすることなく、温もりの中、溶けるように眠りについた。




◇◇◇




「ルクスさん、魔力補給をお願いします」

「最近はもって一週間くらいだね」


 翌朝、ペンダントに魔力補給をしてもらっていると、エリックがこちらをじっと睨んで言った。


「二人とも、何か僕に隠してる?」


 何を理由にそう思ったのかは分からないけど、ルクスさんは訝しむ弟を椅子に座らせると、改まって言う。


「エリック、話がある」

「何? 家になら帰らないよ」

「僕スズの家族になってスズを守るから、婚約は諦めてほしい」


 子ども相手に、ルクスさんは真剣だった。


 もしかしたら弟を傷つけるかもしれないと思ったのかもしれないが、エリックはあっさり「分かった」と答える。


「兄上がスズの家族になるなら、僕もスズと家族になるってことでしょ。だからいいよ」

「そうか。ありがとう」


 ルクスさんは感動しているようだった。


 私もエリックがそんなふうに思ってくれているなんて嬉しかったけど、その後の「それなら僕、ここの子になりたいな」という呟きを聞いて、ルクスさんと顔を見合わせる。


「エリック、それなんだけど……」


 迎えが来るという話をしようとしたところ、ドアベルが鳴った。


「お客様だ!」


 昨日からお客さんを待ち侘びていたエリックは、玄関の方へ飛び出していってしまう。


 その後も、次から次へと来店があり、私たちはもう一つの大事な話をする機会を失った。



 

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