第26話 小さな嫉妬

 やる気満々のエリックは、まん丸の猫目で私を見上げる。


「スズ、僕は何をすればいい?」

「まずは机を拭いてもらえますか?」


 お皿は万が一落として割ったら危ないし、お湯や火を扱うキッチンも危険だ。


 皿を下げ終わった後の机拭きと、できれば注文をとるのをお願いしたいなと思い、まずは布巾を渡す。


「そんなのは使用人にやらせればいいのに」


 非常に不服そうだったが、私が「それなら私がやらなくちゃ……」とがっくりすると、急に「やる!」と態度を改めた。


 エリックが一生懸命、机を拭いてくれている間に、私は明日の準備を始める。


「できた!」

「すごい! とても綺麗に拭けていますね。ありがとうございます。助かりました」


 しっかり感謝を伝えると、エリックは頰を赤く染めて、「次は?」と食い気味に尋ねてくる。


「次は注文をとる練習をしてみましょう」


 キッチン前のカウンター席にエリックを座らせて、まずはメニュー表を見てもらった。


 一つ一つ、どんなものなのかを簡単に説明していく。


 真剣な表情で見つめているなと思ったら、エリックはすぐに「覚えた」と言うので私は目を丸くする。


「もう全部覚えたんですか!?」

「このくらい簡単だ」


 エリックは自慢げに鼻を鳴らす。


「じゃあ、本日のランチセット、大盛りの値段は?」

「千二百リット。明日はトマトと茄子のガーリックパスタの予定」

「デザートをつけると?」

「千五百リット」

「選べるデザートは?」

「カヌレ、カットパウンドケーキ、旬のケーキ今はいちじく」


 これには本当に驚いた。

 私は「すごい! 天才です!」と大興奮でルクスさんに同意を求める。


 ハーブのストック確認をしていたルクスさんは、どこか浮かない顔で「すごいね」と答えた。


 ルクスさん、さっきから様子がおかしい気がする……どうしたんだろう。


 もしかしたら、公爵家の教育方針と合わないとか……?


 今更心配になった私は、ルクスさんに確認をとるが、「いい勉強になるし、公爵も喜ぶと思うよ」と肯定的だった。


 褒められたエリックは、「お客さんが来たら僕が注文をとる!」と意気込んでいたので、あと二つほどお願いをする。


「お客さんと話す時は、丁寧な言葉を使ってください」

「なんで僕が庶民相手に……」

「でもエリックなら庶民のふりも容易いですよね」

「まぁね!」

「それから分からないことや困ったことがあったら、一人で解決しようとせず、すぐに報告、連絡、相談してください。大人になったらホウレンソウ、大事ですよ」


 キョトンとするエリックの傍らで、ルクスさんがくすくすと笑った。


「どうかしましたか?」

「スズが思ったよりも厳しいことを言うから、面白いなと思って。騎士団に入った頃を思い出すよ」

「ええ? 社畜大国日本で育ったからですかね……」


 私とルクスさんが話していると、エリックはむすっとした表情で「次は」と催促する。


「おやつを食べながら、ルクスさんからハーブのことを教わってください」

「えー、ハーブ〜?」

「ここはハーブカフェですから。注文の時にお客さんにお勧めできるようになったら、カッコいいと思います」


 私は昨晩作ったクッキーを小皿に分け、エリックに渡す。


「それならスズが教えてよ」


 文句を言う彼を、ルクスさんが背後からひょいと抱き上げた。


「わっ」

「スズは明日の仕込みがあるから忙しいんだよ。こっちで僕と勉強しようね」


 抵抗虚しく、エリックはテーブル席の方に連行されていく。


 作業が進んでいなかったから、ルクスさんが引き取ってくれて正直助かった。


 エリックはしばらく不満を述べているようだったが、ルクスさんに丸め込まれたのか、さっきからちらほら笑顔を覗かせている。


 よかった。何だかんだ楽しそう。


 兄弟仲睦まじそうな姿に癒される。


 私も早く仕込みを終わらせて、二人に混ざろう。

 カスタードクリームを混ぜる腕に力が入った。




◇◇◇




 賑やかな一日が終わり、寝る準備を整えた頃、玄関の扉を叩く音がした。


 ルクスさんが外に出て、手紙を持って戻ってくる。


「ルトヴィエ家からの連絡ですか?」

「今急いでこっちに向かってるらしいけど、到着が早くて明日の夜になるみたい」

「そうですか……」


 エリックは「帰りたい」とは言わないけれど、本当は寂しくて、早く見つけてもらいたいのではないかと思う。


「ごめんね」

「あっ、いえ。帰ってほしいわけじゃなくて、エリックのことを考えたら、早くお迎えが来た方がいい気がして――」

「スズ〜?」


 物音で目が覚めたのか、先に寝かしつけたはずのエリックが、二階からペタペタ下りてきた。


「起きちゃいました?」

「なんか変な夢見て起きた。怖いからスズと一緒に寝てもいい?」


 寝ぼけたエリックは、いつもより素直で甘えたで、私の足にべったりと纏わりつく。


 やっぱり寂しいんだろうな。


 私が「いいですよ」と答えると、意外にもルクスさんが「駄目だ」と言う。


「なんで」

「僕もスズと寝たいけど我慢してるんだ」


 ルクスさんが真面目な顔でそんなことを言うので、吹き出しそうになった。


 ルクスさんと一緒に寝るのと、エリックと一緒に寝るのとでは、わけが違うでしょう! と内心突っ込む私の傍らで、六歳児は無邪気な提案する。


「それなら三人で一緒に寝ればいいよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る