第23話 背伸びしたいお年頃
「エリック、どうしてここに?」
「別に。兄上の惨めな暮らしっぷりを見にきてやろうと思っただけ」
自称『ルクスさんの弟』は、店内に入ると息を吐くように悪口を言う。
「これがレストランなの? 犬小屋みたいだね」
どういうことなんだろう……。ルクスさんに会いに来たというから仲良しなのかと思ったけど、どう見ても違うよね?
「一人で来たのか? 公爵と夫人の承諾は……得ているわけないな」
「ちゃんと手紙を置いてきた。まぁ、僕がいなくなったことにも気づいてないだろうけど」
ルクスさんに対して態度を改めるどころか、わざと困らせるようなことを言ってるようにも見える。
「スズ、この子をお願い。街へ行って連絡してくる」
慌てて店を出ていこうとするルクスさんを、弟はすごい剣幕で呼び止めた。
「やめろ!! 連絡しに行ったらここを飛び出していってやる」
「……分かった。何か事情があるんだな」
ルクスさんは珍しく溜め息をつく。
「ふん。分かったなら、さっさと案内しろ」
反抗期にはまだ早い気がするけど、家出をしてきたのかな?
私が「お好きな席へどうぞ」と言うと、小さな暴君は羽織っていたコートを脱ぎ、「気が利かないな」とぼやいて押し付けてくる。
少し高めのカウンター席によじ登るようにして座ると、「喉がカラカラなんだけど」と不満を述べた。
「ごめん、スズ。義理の弟なんだけど、待望の第一子で、蝶よ花よと育てられたから少し横柄なんだ。スズのこと、使用人とでも思ってるのかも……」
ルクスさんは小さな声で教えてくれる。
横柄なのは少しどころではない気がするが、よその家庭のことなので私は何も言わないでおく。
使用人と思われているなら、使用人に徹するまでだ。
「ここはハーブティーを提供するお店ですが、エリック様はジュースやミルクの方がお好みですか?」
「子ども扱いするな。何でも飲める」
「それでは、本日のブレンドを淹れますね」
背伸びする姿を微笑ましく思いながら、私はハーブティーを淹れる準備にとりかかる。
今日のブレンドはレモンバーベナを基調にしている。
さっぱりとして飲みやすく、リラックス効果もあるけれど、子どもにとって美味しい代物ではないだろう。
案の定、ハーブティーを飲み始めた彼は、眉間に皺を寄せている。
何でも飲めると言ってしまった手前、文句を言えないんだろうな……。
幼いながらも、大人顔負けのプライドがあるようだ。
一生懸命飲んでる姿を見ていると、なんだかいじらしく思えてくる。
私は残っていたパウンドケーキを皿に載せ、生クリームをたっぷり添えて出してあげた。
「エリック様、こちらの甘いお菓子はいかがですか? 大人にも人気なんですよ」
お菓子を見た彼は、目を輝かせる。
ふっくらした頬に赤みが差し、年相応に可愛く見えた。
ひと口食べて、「ふーん、なかなか美味いじゃないか」と余裕ぶった発言をするけれど、喜びが隠しきれていない。
これに味をしめた私は、内心「可愛い〜!」と叫びながら、次の提案をしてみる。
「お腹は空いていませんか? カフェなので簡単なものしか出せませんが、ハンバーグはいかがでしょう」
「ハンバーグ? 聞いたことのない料理だが、それでいい」
私はこれまた残っていたハンバーグを焼き、念のため子ども向けに仕入れているジュースとともにサーブした。
「ハンバーグは、こちらのフルーツジュースとお召し上がりくださいね」
「どうしてもというなら、飲んでやらないこともない」
そう言いつつも、小さな暴君は嬉々としてジュースを飲む。
「!!」
更にハンバーグを頬張ると、みるみるうちに表情が緩んでいった。
「小汚い店だと思ったが、シェフの腕はなかなかだな。名前はなんという?」
「スズです」
「気に入った。明日から僕の専属料理人にしてやる」
「お褒めに預かり光栄です」
流石に見兼ねたルクスさんが、横から口を挟む。
「こら、エリック。スズは使用人じゃないよ」
「いいんですよ」
私はすっかりおままごと気分になっていて、大して気にしていなかった。
彼は私たちの夕飯にする予定だった、魚のパイまで食べ終えると、お腹いっぱいで眠くなったのか、机で寝息を立て始める。
「寝てしまいましたね」
「疲れてたんだろうね。ひとまず僕の部屋に寝かせてくるよ」
ルクスさんが弟を抱き上げ、二階に連れて行くと、ようやく平穏が訪れた。
私たちは、できる限り音を立てないように会話する。
「スズは子どもの扱いが上手いんだね」
「そうですか? 自分に兄弟がいなかったので、特にそんな感じはしないですけど」
「僕はあまり好かれてないみたいだから、相手をしてくれて助かったよ」
エリック=ルトヴィエは、今年六歳になったばかり。
ルクスさんが十八でルトヴィエ家の養子に入った後に生まれた子で、兄弟といっても当然血は繋がっておらず、兄弟らしい交流を持ったこともほとんどないらしい。
「それなのに訪ねてくるなんて、どうしたんでしょう」
「半年前に妹が生まれたんだ。それで、両親をとられたような気持ちになってるのかも」
ルクスさんの見解を聞いて、なるほどと思う。
悪口を言ったり、横柄な態度をとるのも、もしかしたら誰かに構ってもらいたかったのかもしれない。
「留守番を頼めるかな? 今頃、公爵家は大騒ぎになってると思うから、急ぎの手紙だけ出してくるよ」
出かける準備をするルクスさんに、「明日は臨時休業にしましょう」と声をかける。
「いいの?」
「あの子を放っておくわけにはいきません。きっと寂しがってるでしょうから」
目をかけてあげないと、また一人でどこかに行ってしまうかもしれない。
兄弟はいたことがないけれど、一人になって寂しい気持ちなら私も知っている。
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