第三章 寂しがりのレモンバーベナ
第21話 いよいよオープン
ルクスさんから突然告白された後、熱が出て、私はそのまま丸一日寝込んでしまった。
眠っている間にネイドさんとシャロンさんは帰路につき、ルクスさんも自分の部屋に帰っていった。
土曜の朝には何事もなかったかのように元気になっていたので、知恵熱のようなものだったのかもしれない。
「スズ、もう動いて大丈夫なの?」
「はい! 今日から急いでオープン準備をします」
のんびり進めようと思っていたのに、オープン予定日まであと二日しかない。
今日のうちにメニューの調整や内装の手入れを済ませて、明日仕込みを頑張れば、月曜のオープンには間に合うだろう。
目の前のタスクに集中することで、不安や問題から目を逸らそうとするのは私の悪い癖だけど、ルクスさんは何も言わなかった。
むしろ、何事もなかったかのように振舞ってくれていて、あの告白は夢だったのだろうかという気さえしてくる。
きっとルクスさんが、私のペースに合わせてくれているのだろうだけど、変わらない日々が戻ってきたことに少しだけ安堵した。
「何か手伝えることはある?」
「今日明日だけ、掃除と私たちの食事の準備をお願いできますか?」
「もちろん。料理は切って焼くだけの簡単なものだけど許してね」
ルクスさんは素敵な人だ。
急に予定が変わってもイライラすることがないし、私が自分の都合で用事をお願いしても快く引き受けてくれる。
今だって、鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気だ。
一緒に過ごした三か月を振り返ってみても、いい夫、いい父親になるんだろうと思う。
こんなに素敵な人に「家族になろう」と言われたら、普通は「YES」と即答するのだろうけど、やっぱり何かが引っ掛かった。
だって私、ルクスさんに好かれる要素ある?
同情でも突然でもないと言っていたけれど、親友二人の結婚にあてられて、ちょうど傍にいるコイツでいいや……みたいな感じじゃない?
ルクスさんに限って、そんなことをする人ではないと思うけど、ある日突然気持ちが冷めて「やっぱり何か違ったね」という話になったら、私は立ち直れそうにない。
「どうかした?」
「何でもないです」
バチっと目が合ってしまい、気まずさを感じながら目を逸らす。
ずるいようだけど、もう少し見極める時間が私には必要だった。
◇◇◇
慌ただしく迎えたオープン当日――。
人の往来がある通りに看板を出して、ドアの札も『営業中』に掛け替えた。
「お客さん来ないですね……」
「初日の朝だし、仕方ないよ」
張り切っていたわりに、開店して一時間経ってもお客さんが来る気配はない。
配達と受注に来たリュッカさんが、開店祝いにハーブティーを一杯飲んでいってくれただけだ。
暇だなぁ……。
カウンターの中に置いた椅子に座って、どうしたものかと考えていると、ようやく待望のドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちは。花を届けに来ました。開店祝いだそうです」
お客さんではなかったことに少しがっくりしながらも、グリーンを多めに使ったナチュラルなブーケと、メッセージカードに書かれた二人の名前を見て私は微笑む。
ネイドさんの気が回るとは思えないから、シャロンさんが手配してくれたのだろう。
私はカウンターの邪魔にならない位置に、そっとブーケを飾った。
「ついでにお勧めをいただいてもいいですか? 素敵なお店だからゆっくりしてくるといいよって、お花代とは別に心付けをいただいたんです」
「はい、もちろんです!」
シャロンさんの気遣いに、じーんと胸が熱くなる。
今度、お菓子を持ってお礼をしに行こう。
結婚祝いも贈らなくちゃ。後でルクスさんにこの国の風習を聞いてみよう。
お花を持ってきてくれたお兄さんにメニューの説明をすると、「ついでに昼飯にします」と言って、大盛り日替わりランチ、デザートセットを頼んでくれた。
今日のメニューはオムレツのビーフシチューがけだ。スープ、サラダにパン、それから日替わりのブレンドハーブティーもつく。
ハーブティーだけを目当てに来てくれる人は少ないだろうけど、こうして食事やお菓子とセット提供することで、興味を持ってくれる人もいるかもしれない。
ルクスさんにハーブティーをお願いして、食事を出す準備をしていると、またカランカランとベルが鳴る。
「外の看板を見て来たんですけど、開いてますか?」
「はい。お持ち帰りもできますし、店内をご利用でしたら空いてるお席にどうぞ」
旅の装いをした、品の良い老夫婦だった。
やはり昼食としての利用で、定番ハンバーグと日替わりランチの注文が入る。
こういう時は、調理で忙しい私に代わって、ルクスさんがサラダの配膳や、パンの準備をすることになっている。
プレオープンで忙しさを経験しておいて、本当に良かった。
「ごちそうさまでした。さっきのデザートと同じものを持って帰れますか? 美味しかったから家内にも食べさせてあげたくて」
「ケーキですね、大丈夫です。傾けないようにお気をつけください」
お花のお兄さんは、無花果のケーキを買っていってくれた。
その様子を見ていたからか、老夫婦の奥さまも、帰り際にテイクアウトを希望してくれる。
「私たち、これから娘のところに行く予定なの。お土産に喜ばれそうなお菓子はあるかしら?」
「小さなお子さんがいる家庭ですか?」
「七歳と五歳の子がいるわ」
「それならパウンドケーキはどうでしょう。お値段は少ししますが、切り分けて皆さんで食べられますよ」
お酒の味がしないシンプルな焼き菓子だから、子どもでも食べやすいと近所のマダムに好評だった。
もしかしたら、子どもを連れて食べに来てくれるかもしれないと思って、少し多めに焼いてある。
「じゃあそれを一つお願いします」
「プレーンとフルーツ、どちらのお味にしましょう。試食してみますか?」
カットして出す店内用の方から少し拝借して、二人に食べ比べてもらう。
「まぁ。美味しい。食事も美味しかったけど、お菓子も食べれば良かったわ。おじいさん、どちらの味がいいと思う?」
「両方買えばいいだろう。一本たったの四十リットだ」
「それもそうね。一つずつお願いします」
マダムたちのアドバイスに従ってつけた四十リットは、かなり強気の値段設定だと思ったが、一度に二本も売れてしまった。
「びっくりしました」
「スズのお菓子のクオリティを考えたら、その値段でも安いくらいだよ」
「美味しいって言ってもらえて嬉しいです」
「そうだね。スズのおかげで、皆ハーブティーも飲んでくれた」
初日はあと、物珍しさにお菓子と軽食を買いに寄ってくれた人が二人と、近所の人が何人かお祝いがてら来てくれただけだった。
それでも私は、これまで仕事で感じたことのないような満足感と期待を抱いていた。
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