第20話 突然の告白

 ルクスさんは軽く就寝準備を済ませると、宣言通り私の部屋に来た。


 私は動揺のあまり、「本当にここで寝るんですか?」と失礼な聞き方をしてしまう。


「嫌?」

「嫌……ではないですけど。ルクスさんこそ、大丈夫ですか? 私の寝相が悪くて蹴られたり、イビキがうるさくて眠れなかったりするかもしれませんよ?」


 そう言うと、ルクスさんは「それは逆に気になるな」と笑って、ベッドに腰を下ろす。


 ああ……。本当に一緒に寝るつもりなんだ。


 私はダメ元で「床で寝ます」と言ってみたが、やはり許可は出なかった。


「おいで」


 先に横になったルクスさんが、シーツを叩いて私を呼ぶ。


 これまで一つ屋根の下、一緒に暮らしていても何もなかったのだから、急に見境なく私を襲うなんてことはないだろう。


 たぶん、ルクスさんは私のことをペットか何かだと思っている。


「失礼します」


 これ以上拒むこともできなさそうなので、そっと隣に寝そべった。


 一応私にも女の恥じらいが残っていて、緩みきった寝顔を見られたくないので、ルクスさんには背を向ける。


「昔はネイドたちとも横に並んで寝たよ」


 しばらく静寂が流れた後、ルクスさんは懐かしむように言った。


「寂しいですか?」

「少しね。それよりもスズの方が寂しそうに見えたけど」

「私はまだ知り合って浅いので、おめでたいなぁと思っただけですよ」


 流れるように答えた私に、ルクスさんは「本当に?」と問いかける。


 本当? 本当に、私は何とも思わなかったのだろうか。


 仲の良い友人が結婚する時のような寂しさはなかったけれど、あの時私は確かに、胸がぎゅっと苦しくなるような孤独を感じていたのではないか――。


 言葉に詰まる。

 どうして見透かされてしまったのだろう。


「……二人を見て、いいなと思ってしまいました。私、そんなに分かりやすいですか?」


 誰かの幸福を、素直に喜べない自分が嫌いだ。


 他人を羨んでも仕方ないと分かっているのに、それでもふと、暗い感情が生まれてしまう。


「気づいたのはたぶん、僕がスズをよく見てたから。それと、僕もスズと似たような感情を抱いたから」


 ルクスさんの声は優しかった。

 出会った時から、ずっと優しい。


「スズ、こっちを見て」

「嫌です」

「お願いだから」


 懇願と拒絶を何度も繰り返すうちに、私はどうにでもなれという気持ちになって、ルクスさんの方を向く。


 いっそ、幻滅してくれた方がましだ。


 そう思ったのに、ルクスさんは私を抱き寄せて言う。


「僕と家族になるってのはどう?」

「へ?」


 わけが分からなかった。


 真剣な声と眼差し、それから私を包む温もりに、次第に頭がくらくらしてくる。


「この前も言ったけど、僕はスズと一緒に居たい。もっと触れたいと思ってる」

「これ以上、私を勘違いさせないでください。それじゃあまるで、ルクスさんが私のことを好きみたいじゃないですか」


 甘い言葉や態度を、そのまま受け取ってしまってはいけないと分かるのに、もう限界だ。


 ごめん。そんなつもりじゃなかった。これから気をつけるよ。


 お願いだから、そう言って。

 私が夢を見てしまう前に、心を折って。


「好きだよ」

「急にどうして。同情なら要りません」

「同情でも、突然でもない。スズは急に感じるかもしれないけど、僕はスズと出会ってから少しずつ、この気持ちが何かを考えてきた。それで、ようやく分かったんだ。まぁそれも、ネイドに指摘されてなんだけど……」


 ルクスさんはもう一度、私に「好き」と言ってくれる。


 でも、私はその言葉をすぐに信じることができなくて、返事を保留にしてしまう。


「ごめんなさい。今は答えられません」

「うん。分かった。いつかスズの気持ちが固まったら返事をちょうだい」


 ルクスさんは、私の頭をぽんぽんと撫でてから離れていく。


 こんな状況で眠れるわけがないと思ったのに、久しぶりに夜更かしをしたせいか、いつの間にか私は眠りに落ちていた。




◇◇◇




 金曜日。約束のある週だけ、私は退社しておばあちゃんの世話を済ませた後、最寄りから一つ隣の駅で彼を待つ。

 

「スズちゃん、お疲れ様」

「先輩!」

 

 二つ年上の先輩は営業部の人で、経費処理の問い合わせを経て知り合った。

 私と違って社交的で、一度話した相手は皆友達みたいな人だ。

 

 会社のメールやチャットでやりとりしているうちに、いつの間にか愛称で呼ばれるようになって、連絡先を交換して、夕飯に誘われるようにもなった。


 面白おかしく話をしてくれるし、私のつまらない話も聞いてくれる。

 

 私は先輩が好きだった。付き合おうと言われたことはないけれど、「好きじゃなかったらでサシでご飯には誘わない」と言っていたし、先輩も同じように私を好きでいてくれると思っていた。

 

「部長に怒られたんだって?」

「しかも皆の前でですよ」

「最悪だね。でも、周りはスズちゃんは悪くないって分かってるよ。部長は自分の無能さを皆に知らしめてるだけだね」

 

 今思うと、笑った時の優しげな目元や、ぽんぼんと頭を撫でてくれるところとか、ほんの少しだけルクスさんに似ていたかもしれない。

 

 先輩も仕事が忙しく、私も家のことがあったから、あまり頻繁には会えなかったけれど、その分二人でいられる時間が幸せだった。

 

 先輩と会うようになって半年が過ぎた頃、いつもよりちょっと高級なレストランに連れてきてもらったので、正直私は期待していた。


 入社三年目。短大卒の私は二十代前半でまだ若く、浮かれていたのだ。

 

 告白? もしかしたらプロポーズ? なんて思っていると、神妙な顔した先輩が食後に切り出す。

 

「あのさ。俺、転職することにしたんだ」

「転職って、どこにですか?」

「彼女がそろそろ結婚したいってうるさいから、地元に戻ることにした」

 

 先輩の地元は確か九州だ。しかも、彼女と結婚?

 私はさっと青ざめる。

 

「先輩、彼女はいないって言ってませんでしたか?」

「詮索されるのが面倒だから、会社ではいないってことにしてたんだよ」

「そうだったんですね。そうとも知らず、二人で会ったりしてしまって彼女さんに申し訳ないです」

 

 知らなかったとはいえ、他の女性と二人きりで会っていたと知ったら、彼女は傷つくだろう。

 私が彼女の立場だったら、絶対に嫌だ。

 

「こっちこそ、騙したみたいになってごめんね。でも、スズちゃんが彼女だったら良かったなとは思ってたよ。今の彼女は料理とか全然だから、先が思いやれるわ」

 

 騙したみたいって……。

 先輩、やっぱり私の好意に気づいてたんですね。

 

 ちょっと餌をやってみたらすぐに懐いて、勘違いして、浮かれる私を見て楽しかったですか?

 

 なんてことを面と向かって言えるわけもなく、私は何でもないようなふりをして先輩との不毛な関係を終わらせた。

 

「今までありがとう」

「さようなら」

 

 それ以来、私は恋をしていない。

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