第19話 薔薇の花束
「ここは寒いので中に入ってください」
私は皆に建物の中に入るよう促す。
今日は一段と冷える。ルクスさんは平然としているが、ネイドさんは薄明かりの下でも顔色が悪く見えた。
「スズ、ネイドに何か温かい食事を用意してあげて。僕は先に馬たちをケアしてくるよ」
ルクスさんは二頭の馬を
私は急いで中へと戻り、用意しておいた根菜と生姜のスープを火にかけた。
気を紛らわしたかったとはいえ、待ってる間に料理を作りすぎてしまった。
一度にたくさん食べるのも良くない気がするので、スープを出してから次の準備をしよう。
「待っていてくださいね。今スープを温めます」
ネイドさんはシャロンさんに支えられて、カウンターに近い四人掛けのテーブルに腰を下ろす。
外で見た時に感じた通り、ネイドさんの肌は血色が悪く、表情も虚だ。
シャロンさんに対するバツの悪さもあるだろうが、ところどころ服が破れて土で汚れていたり、擦り傷があったりして、何かあったことは明らかだった。
「一体何があったの?」
ボロボロの恋人に、シャロンさんが優しく問いかける。
ネイドさんはしばらく黙り込んだ後、ぽつりぽつりと経緯を話し始めた。
「……すごく不甲斐ない話なんだけど、誕生日プレゼントの用意を忘れて、エスノーテ山に氷の薔薇を採りに行ったんだ。その途中で滑り落ちて、足が折れてるかも」
氷の薔薇とは、魔法石の豊富なエスノーテ山に生える、花びらが宝石のように透明な薔薇らしい。
冬本番を迎える前の今の時期にしか咲かず、険しい山肌に生えることから、市場にはほとんど出回らないのだという。
「今は怒らない……怒らないけど、もう少しで死ぬところだったじゃない」
「滑落自体は大したことなかったけど、崖を登れなくてさ。ルクスが来てくれなかったら、本当に危ないところだった」
傍で聞いていた私は、ぞっと体を震わせた。
大した滑落ではなかったと言うけれど、それも運が良かっただけだろう。
怒らないと言っていたはずのシャロンさんも、これには流石に「危機意識が足りなさ過ぎる」と叱りつける。
「もう二度としないで」
「うん……」
ネイドさんは憔悴しきった表情で頷いた。
「お説教は済んだ?」
外から戻ってきたルクスさんは、少しおどけた口調でその場を和ますと、後ろ手に持っていた何かをネイドさんに渡す。
「ネイド、これ」
透明の、見たことないほど美しい花――氷の薔薇だ。
ネイドさんは少し躊躇った後、青白く輝く花束をシャロンさんに差し出した。
「シャロン、遅くなったけど誕生日おめでとう」
「それだけでいいの?」
ルクスさんに煽られ、ネイドさんはぎゅっと唇を噛んでから、シャロンさんを真っ直ぐ捉えて言う。
「オレと結婚してください」
突然、目の前で繰り広げられたプロポーズに、私はポカンとする。
一体何を見ているんだろう? まるでドラマのワンシーンだ。
シャロンさんも口を「え?」の形に開けたまま、ぴたりと動きを止めていた。
「あー、もう。こんなはずじゃなかったのに。ほんとダサい。シャロン、返事は?」
ネイドさんは前髪をぐしゃっと掻き乱し、拗ねたように尋ねる。
「ちょっと待って。何が起こっているの? 現実を受け止めきれない……だって、まさか。ネイドがそんなこと考えてくれているなんて思いもしなかった」
シャロンさんは差し出された花束を受け取らず、両手で顔を覆ってしまう。
それが拒絶でなく、喜びと戸惑いであることは声音から分かる。
「現実だよ。本当は誕生日に、レストランで言おうと思ってた」
「嘘でしょ」
「台無しにして、悲しい思いをさせてごめん」
「どうすればいいの。あんなに悲しかったのに、もう忘れてしまいそう」
もう一度、ネイドさんが問う。
「結婚してくれる?」
「はい」
シャロンさんは薔薇の花束を受け取り、震える声で答えた。
ああ、素敵だな。
今この瞬間、世界一幸せそうな二人を見て、胸の奥が締め付けられる。
「おめでとう」
ルクスさんが祝福の言葉を贈ったのを聞いた私は、一瞬顔を覗かせそうになった憂鬱に蓋をして、同じように続けた。
「おめでとうございます」
ネイドさんとシャロンさんは照れた様子で「二人ともありがとう」と返してくれる。
「わっ」
いつの間にか煮立っていたスープが噴きこぼれ、私は慌てて火を止める。
それに気づいたルクスさんは、すっと私の横に来てくれた。
「スズ、手伝うよ」
「ありがとうございます。スープを盛り付けてもらってもいいですか? 二人ともお腹が空いてますよね。他にも色々準備してあるのでパパっと調理しますね」
パンを焼いて、白身魚のマリネを盛り付けて、メインの香草ステーキを仕上げなくちゃ。
ネイドさんが怪我をしてるから、飲み物はワインよりもハーブティーの方が良いのかな。
シャロンさんも、お腹が空いてるかもしれないから、何か食べるか聞いてみないと。
「スズ」
「はい」
あれこれ考える私を、ルクスさんが呼び止めた。
「大丈夫?」
「大丈夫ですよ!」
何に対する心配なのだろうと思いながら、寝不足故のハイテンションで答える。
ルクスさんは、それ以上追及することはなかった。
◇◇◇
二日間ほとんど何も食べていなかったというネイドさんに食事を出して、少し休もうという話になった頃には、空が白み始めていた。
「ネイドとシャロンは僕の部屋を使って」
「ありがたいけど、ルクスはどうするの?」
「僕はスズの部屋に泊めてもらう」
「えっ!?」
ルクスさんは私の意向を尋ねることなく、さらっと部屋割りを決めてしまう。
状況的にはネイドさんとシャロンさんを引き裂くわけにはいかないし、居候の身である私にとやかく言う権利はないのだが、困った私はシャロンさんに目配せする。
「ルクス、貴方――」
しかし、一言物申してくれそうとしたシャロンさんも、ネイドさんが何やら耳打ちすると、「分かったわ」と引き下がってしまう。
「但し、スズの気持ちを最優先に考えるのよ」
「もちろん」
私を除いた三人の間で、何やら合意が形成されている。
「あの……、私の部屋はルクスさんに使ってもらって、私はここで寝るというのは駄目でしょうか?」
一階の机とテーブルで寝ることを提案するが、「体に悪いよ」とルクスさんに却下されてしまった。
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