第18話 不器用なローズティー

 どんなハーブティーにしよう。

 

 ポットを火にかけた私は、ドライハーブが仕舞われた戸棚の前で考え込む。


 シャロンさんの好みは知らない。聞ける雰囲気でもないから、効能やシャロンさんのイメージから合いそうなものを選んでいくしかない。


 どうしよう……。落ち着いて、前向きな気持ちになれるものがいいと思うけど、そうするとやっぱり万能ハーブ、カモミール?


 私はまだ、ここにあるハーブ全てを熟知しているわけではないし、ブレンドに関してはもっと素人だ。


 よく知ったカモミールの瓶を手に取りかけて、隣にある『ローズ』の文字に目が留まる。


 これだ!


 香水の匂いを思い出し、シャロンさんのイメージにぴったりだと思う。


 確かローズって美容にも良いんだっけ。


 可愛らしいピンクの蕾と花びらを瓶から取り出し、小皿に移す。


 渋くなるといけないから、少しカモミールを混ぜて……折角の香りが飛ばないように、蒸らす時間は短めにしないと。


 私はもたつきながらも、どうにか準備を進める。


 悪戦苦闘の末、蒸らしたローズティーをカップに注ぐと、ふわりと優雅で甘い香りが漂った。

 

「いい匂いね」

「ローズティーです。シャロンさんの香水をイメージして淹れました」


 ティーカップをシャロンさんの前に置く。


「私、花の中で薔薇が一番好きなの。華やかで、彩り豊かで、色んな形があるでしょ」


 シャロンさんはそう言って、涙を拭った後、カップを手に取った。


「良かったらこれも食べてください。昨日ようやく完成したところなんです」


 私は冷蔵庫からチーズケーキを出し、飾りのミントを添えてサーブする。


 試作を繰り返し、ようやくずっしりふわふわに辿り着いた自信作だ。


 シャロンさんはひとくち食べると、目を見開いた。


「すごい。美味しいわね。柔らかいのにずっしりしていて濃厚で、これはきっと流行るわよ」


 青白かった彼女の肌に、少し生気が戻ってきたようでほっとする。


「ローズティーも美味しいわ。香りもだけど、温かくて癒される」

「ありがとうございます。でも少し、味が薄かったですかね?」


 残ったローズティーを自分で飲んでみたところ、少し物足りなさがあった。


 量が足りなかったか、蒸らす時間が足りなかったか。もしかしたらブレンド自体が良くなかったのかもしれない。


 それでもシャロンさんは微笑んで、「間違いなく最高の一杯よ。自信を持って」と言ってくれる。


 私は喜んでもらえたことが嬉しくて、笑顔で「はい」と答えた。


「んーっ。食欲ないと思っていたのに、なんだかお腹が空いてきちゃった」


 シャロンさんはカウンターに座ったまま、ぐっと伸びをする。


 張り詰めた空気が和らいで、私のお腹もぐぅと鳴った。


 お腹が空いては戦ができぬ、だ。


「昼用に仕込んでおいたグラタンがあるので、二人で食べちゃいましょう」


 そして、空腹を満たしたら、いつルクスさんたちが帰ってきてもいいように、温かい料理を準備しよう。



◇◇◇



 それなりに時間はかかるだろうと思っていたけど、日が沈んでもルクスさんが戻ってくる気配はなかった。


 今頃大変な目に遭っていないかな。


 二人とも無事だろうか。


 どうか大きな怪我なく帰ってきますように。


 そう祈りながら、微かな物音を聞いては玄関の扉を開け、人影がないことに落胆する。


 山は危険だ。念入りに準備をしていても、命を奪われることがある。急な思いつきで山に入ったら尚更だ。


 最悪の事態が頭をよぎるが、シャロンさんの不安をこれ以上煽るわけにはいかないので、私は極力明るく振る舞うようにする。


「シャロンさん。シーツを変えたので、良かったら私のベッドを使ってください」

「大丈夫。もう少し起きて待つわ」


 身体を休めるよう勧めてみても、シャロンさんはカウンター席に座ったまま動こうとしなかった。


 外の魔道具も、灯りをつけたままだ。


 次第に夜は更けていき、もう日が落ちてからの時間よりも、日が昇るまでの時間の方が短いくらいだろう。


 机に伏してうとうとしていると、蹄の音が近づいてくるような気がした。


 私とシャロンさんは二人同時に飛び起きて、競うように玄関を開ける。


「ルクス! ネイドも!!」


 馬に乗る二人の姿を見て、シャロンさんが叫んだ。


 私は気が抜けて、その場にぺたりとしゃがみ込む。


「二人ともまだ起きてたの?」

「こんな状況で眠れるわけがないでしょう!」


 驚くルクスさんをシャロンさんが叱りつける。


「うっ」


 ルクスさんに続いてやって来たネイドさんは、馬から降りた途端に呻き声を上げた。


「あ、ネイド。怪我してるんだから無理しないで」

「ネイド!」


 駆け寄ったシャロンさんが、よろめくネイドさんを抱き留める。


 なんとか馬には乗れていたようだが、よく見ると髪も服もボロボロで、左足に添え木がされている。


 山で足を滑らせでもしたのだろうか。


「シャロン、本当にごめん……」


 ネイドさんは消え入りそうな声で謝る。


「生きて帰ってきてくれた。もうそれだけで十分よ」


 そう言ってネイドさんを抱きしめるシャロンさんの頰には、静かに涙が伝っていた。

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