第17話 少しの手がかり

「この後どこに行くとか、ネイドは何か言ってた?」


 ルクスさんは、心配性のシスターを刺激しないよう、さり気なく尋ねた。


「そうねぇ……。そういえば、冬用のコートを貸してほしいってお願いされたわね。私のお古で良ければって渡したの」


 ガブリアさんは、抱き上げた子どもが顔をいじるのもお構いなしに、のんびり答える。


「冬用のコート? 使うにはまだ早いわ。家には自分のコートがあるだろうし、どうして女物のコートを?」


 シャロンさんは困惑しているようだった。


 私も同じように首を捻る。


 最後に会った時、ネイドさんは薄手の上着を羽織っていた。


 それでは寒かった? それとも、もっと寒い場所に行く必要があった? コートを使わせたい人が他にいた?


 まるでミステリーの謎解きだ。


「私も不思議に思ったのよ。それで、何に使うの? って訊いたら、花を摘むのに必要だって、よく分からない答えが返ってきたの」


 ルクスさんは、ガブリアさんの言葉にぴくりと反応する。


「花……?」


 一瞬俯いて考え込んだ後、パッと顔を上げて私たちに言う。

 

「ここから先は僕一人で探すよ。シャロン、スズを連れ帰ってあげて。そして僕が一晩経っても戻らなかったら、騎士団に連絡してほしい」

「ネイドの居場所が分かったの?」

「たぶん。エスノーテ山だ」


 ルクスさんはガブリアさんに「ありがとう。また来るよ」と言って、私たちが止める間もなく出ていってしまった。


「エスノーテ山って?」

「北東にある山よ。馬を飛ばせば一時間ほどで麓に着くけど、ここよりずっと寒いわ。この時期、山頂では雪が降り始めてる」


 じゃあ、冬用のコートはそこに行くために必要で、連れ去られたんじゃなくて、山から戻ってきてないってこと?


 少なくとも、ルクスさんはそう判断したということだろう。


「ネイドさんは、どうしてそんな場所に行ったんでしょう」

「純度の高い魔法石がとれる場所だから、仕事の都合だったのかも……」


 シャロンさんもピンときていないようだ。不可解と顔に書いてある。


「いくつになっても男の子たちは元気ねぇ。さ、中に入りましょう。あなたたちは座って話す時間くらいあるでしょう?」


 私とシャロンさんは、顔を見合わせてから頷く。


 ガブリアさんを心配させてはならない。


 私たちに与えられたミッションだ。




◇◇◇




 ガブリアさんとお喋りし、子どもたちと遊んで、お昼の時間になる頃に、私たちはおいとました。


 ネイドさんとルクスさんのことは気がかりだったけど、ルクスさんが引っ込み思案な子どもだったことや、ネイドさんが魔道具の実験で危うく孤児院を半壊させそうになった話を聞けて面白かった。


 ガブリアさんは「スズちゃんも、また来てね」と見送ってくれて、今もまだ胸の奥がじんわり温かい。


「わざわざカフェまで送ってもらって、すみません」

「巻き込んでしまったのはこっちだし、いいのよ。それにルクスも、二人でいてもらった方が安心なんでしょう。このままここで待ちましょう」


 シャロンさんは、私と一緒に二人の帰りを待つつもりらしい。


 ルクスさんは一晩経っても戻らなかったら騎士団に連絡を、と言っていた。

 今、時刻は昼を回ったくらいで、まだ長時間待たなければならなそうだ。


「ルクスさんは、軽装備のまま山に行って大丈夫なんでしょうか」

「ルクスのことだから、魔法でどうにでもなるのよ。騎士団時代の演習や遠征で雪山も慣れっこでしょうし、それより心配なのはネイドね……」


 カウンター席に座ったシャロンさんは肘をつき、頭を抱えるようにして「昔もこんなことがあったわ」と呟く。


「私がネイドをきつく𠮟りすぎてしまったの。他の子のおやつをとって泣かせたとかでね。その時も、孤児院を脱走したネイドを見つけたのはルクスだった」

「ネイドさんもおやつに執着したりするんですね」

「後から聞いたら私のためみたいだったのよ。いつも下の子に譲ってたから、誕生日くらいお姉さんに食べさせてやれってね」


 なんていい子なんだろう……。


 幼いながらにシャロンさんを想うネイドさんの姿を想像して、胸の奥がきゅんとなる。


「その頃からネイドさんにとって、シャロンさんは大事な人だったんですね」

「……親の記憶がない私と違って、あの子は親に捨てられたようなものだから、強がってはいても寂しかったんでしょうね。二つ上の私とルクスにべったりだったわ」


 シャロンさんは涙混じりの声で言う。


「こんなことになるなら、一緒にいられる時間を、もっと大事にしておけば良かった」

「シャロンさん……」


 私が一番年長者だというのに、こういう時にどうしていいか分からない。


 おろおろする私の視界に、コンロに置かれたままのポットが映る。


 そうだ、シャロンさんのためにハーブティーを淹れよう。


 ルクスさんのようにはできないかもしれないけど、シャロンさんの心が少しでも温まるように、精一杯の気持ちを込めて――。

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