第16話 みんなのお母さん

 私は一人店に残るつもりでいたけれど、ルクスさんが「折角だから、育ての親にスズを紹介したい」と言うので、同行させてもらうことになった。

 

「ここが皆さんの育った孤児院ですか……大きいですね」

 

 シャロンさんが、レストランまでは歩ける距離と言っていた通り、孤児院はコンラードの街からさほど離れていなかった。


 敷地は広く、門があり、広い庭があり、その奥に学校のような建物がどっしりと構えている。


「手前の大きな建物は修道院だよ。孤児院はその裏にある」

「修道院と孤児院は別なんですね」

「そうだね。孤児院で育って、そのまま修道院に進む人もいるけど、半数以上は外に出るかな」

 

 門を通る際には、孤児院出身のルクスさんとシャロンさんでさえも、訪問理由と行き先、面会相手を伝える必要があった。


 更に、目的地まで警備員が同行するという徹底ぶりだ。


 ネイドさんが連れ去られたのだとしたら、敷地の中ではなく外だろう。

 

「セキュリティがしっかりしてますね」

「ここは女子修道院だからね。孤児院も、男は十五の歳には出ないといけないんだよ」


 確かに、先ほどからすれ違うのは女性ばかりだ。


「ルクスさんは孤児院を出ることになって、騎士団に入ったんですか?」

「そう。僕は魔法適性が高かったし、騎士団なら宿舎があるからね」

「ぜひ騎士団に! って騎士団長自らスカウトに来てたくらいなのよ」


 ルクスさんは「スカウトが来るのは毎年のことだよ」と謙遜するが、シャロンさんの口ぶりからすると、かなりの特別待遇だったらしい。


「シャロンさんとネイドさんは、孤児院を出てすぐ独立を?」

「私もネイドも、数年は王都の店で修行をしていたわ」


 孤児院を出た後、下働きをしながら手に職をつけるというのが一般的な進路らしい。


「王都の方が顧客が多いだろうに、ネイドはシャロンのためにコンラードに引き上げたんだろうね」

「別に、私はついてきてとは言ってないわ。ただコンラードに店を出すと伝えただけ」


 シャロンさんのツンとした言葉を聞いて、ルクスさんは苦笑する。


「ネイドもシャロンも、素直じゃないんだから」


 ここへ来る前、工房にも立ち寄ったが、ネイドさんが帰ってきた痕跡はなかった。

 

 ポジティブに捉えると荒らされた様子もなかったわけだが、シャロンさんは私たちの前では気丈に振る舞っているだけで、本当は気が気でないだろう。


「ここが僕たちが暮らしてた場所だよ」


 門から歩くこと十分弱、教会のような小さな建物に着いた。


 柵に囲われた庭で、子どもたちが楽しそうな声を上げて走り回っている。

 その様子をベンチで見守っていた初老の女性が、こちらに気づいてパッと顔を輝かせた。


「あらあら。二人揃ってどうしたの?」

「ガブリアシスター、元気そうで何よりだよ」


 ルクスさんは親しげに、ただどこかよそ行きの顔で、修道服姿の女性に話しかける。


 彼女がルクスさんたちの育ての親なのだろう。ほわっとした優しそうな雰囲気の人で、私の緊張は和らいだ。


「私は元気よ〜。ルクスは騎士団をお休みしてるって聞いたけど、大丈夫なの?」

「エゼライとの情勢が落ち着いたから、長めの休みをもらってるだけだよ。心配しないで」


 シスターは、ルクスさんの背後に立っていた私に気づいて尋ねる。


「まぁ、可愛い子。もしかしてお嫁さんを見せに来てくれたの?」


 違います、と一生懸命首を横に振る私を横目に、ルクスさんは「お嫁さんじゃないけど大切な人」と言い切った。


 えっ、と思ったけれど、訂正できる空気でもないので、私は笑って誤魔化しておく。


「そうなのね。ルクスの大切な人に会えるなんて嬉しいわぁ。ここで子どもたちの世話をしているガブリアです」

「ガブリアさん、はじめまして。スズです」

「その髪飾り、可愛いわね。流行りなの?」

「可愛いですよね。シャロンさんが似合いそうなものを贈ってくれたんです」


 初対面の人と話すのが、あまり得意でない私でも、ガブリアさんとは平気そうだ。


 話し方がほわほわしていて、チャーミングな笑顔に癒される。


「スズは遠いところから、一人でこの国に来たんだよ」

「それは心細いでしょう。私のことはお母さんと思ってくれていいのよ」

 

 お母さん……。


 初めての響きにじーんとしてしまう。


 本当に母だと思って甘えて良いわけがないのに、そう言ってくれるだけでも嬉しかった。


「シスター、少し前にネイドが来なかった?」

「ええ、来たわよ。冬になる前に、暖房を直してもらったの」


 それを聞いたシャロンさんは「それって何曜日の何時ごろ?」と、横から会話に割って入る。


「月曜の昼の約束だったけど、来たのは朝ね。急いでたみたいで、修理だけしてお茶も飲まずに帰ったわ。シャロン、あなた把握してないの?」

「実はネイドが行――」


 言いかけた瞬間、ルクスさんが口に指を当て、必死に「静かに」と訴えかける。


 気づいたシャロンさんは、「私にも行き先の詳細までは教えてくれないの」と慌てて言葉を選び直した。

 

「シスターに行方不明だなんて伝えたら、心配してお祈り十二時間コースだよ」

 

 ルクスさんは小さな声で私にそう教えた後、シャロンさんのフォローに回る。


「僕がネイドに会いたかったんだけど、仕事で各地を飛び回っているみたいで、見つからなくて」

「私はここに寄るとは聞いてたから、もしかしたらいるかと思ったの」


 二人が一生懸命言い訳をした甲斐あって、ガブリアさんは不審には思わなかったらしい。


 抱っこをせがむ幼児を抱き上げて、「あの子の秘密主義なところは変わってないのねぇ」とのんびり呟いた。

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